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「あなたは夫のことどう思っているの。あの人はもう少ししか生きられない。あの人はあなたにお金を運んだだけなの。神様は何故あの人を殺すの。」

 テリーさんの言うことはそれなりに筋が通っていました。それなりにテリーさんの生き方は立派だと思いましたし、その生い立ちも充分同情に値すると思いました。でも夫のことを考えるといくら神を語ってもその理不尽さに納得がいかなかったのです。

 いえ、本当は大切な物の一つを失わなければならない自分のことを思うとそれが理不尽に思えたのかも知れません。

「本当にもうおやめなさい。本人がこれでいいと思っているんだから。」

夫の声が聞こえました。

「テリーには随分助けてもらったんだ。もしもテリーに会えなかったら今こんなに穏やかな気持ちで生きることなんて出来やしなかった。そう思えば、神は今でも僕を守ってくれているんだと思う。」

夫が本当にそう思っていたのか、テリーさんを庇ったのか私には分かりませんでした。

「私は美年が好きです。美年に会って初めて女の幸せを知りました。」

テリーさんの穏やかな声がまた耳に響きました。

「神から見れば美時が死ぬことは何か理由があるのかも知れません。でも私にはそれがどんな理由なのかは分かりません。私はただ神を信じてそれを受け入れるだけです。でも本当は辛いのです。それを受け入れるのは。そう言って私が泣くと美年が言うのです。

『何かを生かすためには他の何かを犠牲にしなければならないこともある。少なくとも人間はそうして生きてきた。』

 美年はそう言うのです。美年は私とあの子達のために神に召されるのかも知れない。私はそう思うと胸が締め上げられるようでした。美年は私にとってとても大事な人になっていましたから。今でも心の中では『どうして。』と叫び続けています。

 でも私が今美年にしてあげられることは美年に命のある限り精一杯生きてもらうこと。そして美年を私にできる方法で支えてあげること。命を諦めて神に召されるのが美年に課せられた運命ならその美年の側でどんなに辛くても穏やかに微笑んでいるのが私に課せられた運命だと思います。そしてそれが私にとって逃れられない運命なら私はその運命を受け入れようと思います。」

 またテリーさんがひときわ輝いたように見えました。でもその輝き方はこれまでとは少し違っていました。今までは穏やかに優しく辺りを包み込むように輝いているように見えたのに今度は一瞬彼女の体から外に向かって刺すように鋭い光が放たれたように見えました。

 本当にテリーさんの体が光るはずはないので私の方に何かの理由があってそう見えたのかも知れませんが、何だかテリーさんの心の奥に秘められた容易に砕くことの出来そうにない堅い芯を垣間見たようで体が竦む思いでした。

『俺もテリーが輝いて見えたことが何度かあるよ。』

後でおそるおそるそのことを話した時に夫も同じことを言っていました。

『人間が輝くはずはないと最初は思っていたんだけど、テリーは本当に輝いているのかも知れない。でもこんなことを言っても誰も信じやしないだろうから黙っていた。テリーは普通の人とは違う何かがあるのかも知れない。』

『あの人自身が神じゃないの。』

私が聞くと夫は笑いました。

『まさか神じゃないだろうけど天使くらいはあるかも知れない。最近、テリーのお客は誰も彼女を抱かなくなったらしい。誰も皆テリーに抱かれて子供のように涙を流しているんだそうだ。信じられないような話だけれど今のテリーならそんなこともありそうな気がする。』

そして笑いながらそんなことを話していました。

『自分はたとえそれがどんな運命でも神が自分にその運命を課したのなら私は運命を受け入れる。』

 静かな言葉の中に強い意思を見せつけたテリーさんは、『もう充分でしょう。』とでも言うように私に笑顔を向けてから夫の側にいきました。そして夫の額を二、三回そっと撫で上げて、二言、三言、言葉を交わしてから椅子の上に置いてあった編みかけの毛糸を取り上げてまた編み物を始めました。夫はしばらくテリーさんの方に顔を向けて編み物をしている彼女を見つめていましたが、やがて穏やかな寝息を立てて眠りに就きました。