女土方に一言断ると食事の支度を始めた。食事と言ってもフルーツをさいの目に切ってヨーグルトとブルーベリーソースをかけたデザート、ピザトースト風にアレンジしたフランスパンのトースト、野菜とソーセージの炒め物、それに手を加えていないハムだった。
「本当にあなたって手際良くこういうものを作るわね。感心しちゃうわ。」
手際良く作れないという女土方がずい分感心したように誉めてくれたが、僕にしてみれば生活して行くのには飯を作ることくらいごく当たり前のことで特に感心するほどのこともないことだった。そうしてお昼を食べながら僕は女土方にクレヨンと北の政所様のことを話した。
「へえ、彼女、北の政所様と会うのを承知したの。よく説得したわね。でも会ってうまく話が進むのかしらね。彼女も彼女だけど北の政所様もなかなか兵だから。」
「でもね、やはり実の親子でしょう。強気なことを言ってもあの子も気持ちは揺れ動いているみたいよ。思いの他うまくいくんじゃないの。『案ずるより産むが安し』って言うじゃない。」
「あなたが同伴するなら大丈夫かもね。北の政所様もあなたには一目も二目も置いているみたいだから。」
「何か変なことをしでかしてまたお尻を剥かれて叩かれてはたまらないって。」
「そうね、そのとおりかも知れない。」
僕たちはそんな他愛もないことを言って笑い合った。ただ冗談ごとでなく北の政所様とクレヨンとの関係はこれを機会に好転してくれれば良いと思ってはいた。
食事をした後は特に何をするでもなく二人でそれぞれ自由な時間を過ごした。僕は主にパソコンを、そして女土方はテレビショッピングを見ていた。テレビショッピングにしても通販カタログにしても買う気もないものを見て何が楽しいのかと思うが、女にはそれが無性に楽しいらしい。
そんなことを女土方に言うと「あなたはそういうところが男の人のようだ」と言われてしまった。そりゃそうだろう、僕は男なんだから。
午後の三時近くにクレヨンから「何時頃帰って来るのか。」と督促の電話が入った。その電話に「夕食までには帰るから大人しく待っていろ。」とだけ答えて切ってしまった。そうしたらすぐにまた電話が入って「どうでもいいから必ず帰って来て」と言われてしまった。
『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ。』
古の人はかく言うが本当にそのとおりだと思う。僕の平穏をかき乱すクレヨンなんか馬に蹴られて死んでしまえ。僕が煩そうに「分かったわよ。」と答えて電話を切ると女土方が笑っていた。
「ずい分気に入られてしまったのね、あの子に。」
「私だけじゃなくてあなたもでしょう。」
「そうかな、私じゃなくてあなただけだと思うけど。あのね、あなたって何だか不思議な魅力があると思うわ。私にとってもあの子にとってもあなたには違和感があると思うの。異質なのよ、あなたは。
あの子にはあなたが女と言う決定的な違和感があるだろうし、私みたいな女にもあなたは普通の女とは相当中身が違っていると言う点では違和感があるわ。
でもね、そういう違和感を差し引いても余りあるくらいあなたには人を惹きつける魅力があるのよ。例えばね、何時も淡々として私達には手も足も出ないような問題が起こっても本当にそんなことしちゃっていいのって言うようなそれこそ大胆不敵な方法でばっさばっさと切ってしまうでしょう。ああいうことが出来る人ってあまりいないわ。
あの北の政所問題でも私は本当に困ったと思っていたのよ。出来ることなら社員旅行なんて欠席してしまおうかなって思ったくらいよ。でもあなたは平然としていて『相手が何もして来なければ自分から手を出すことはないけど、もしも相手が何かしてくるのなら自存自衛のために実力行使に出るかも知れない。』なんて平然と言って除けてその結果があれでしょう。その後社長も手なずけて最後には北の政所様も懐柔してしまうし。あれには私も呆れたわ。
そうして恐ろしいくらいに冷静で合理的なところがあるかと思えばむやみやたらと優しいでしょう。でも何でもかんでも言うことを聞いてくれてこっちが思うことは何でもしてくれるような優しさじゃなくてここという時にさっと必要な分だけ優しさを投げかけてくれるような本当に切れのいい優しさを持っているでしょう。そういうところが女としては何とも言えないのよね。
あなたは自分では冗談めかして男だと言っているけど私ももしかしたらそうじゃないかと思う。佐山芳恵に何が起こったのか知らないし、きっと私には永遠に分からないと思うけど、あなたは以前の佐山芳恵じゃない。彼女は今のあなたのような人じゃなかったわ。彼女とは全く違う人格だわ。
私ね、あなたに抱かれていてそう思うの。あなたのはビアンのそれじゃないわ、全く男が女を扱うようなそんな抱き方だわ。
私はね、最初のうちはいろいろと考えたわ。一体この女はどうしたんだろうって。だって姿かたちは彼女なんだから。でも実際はそうじゃないでしょう。何から何まで元の佐山とはみんな違うんだから。
だからあなたにのめりこんで行けば行くほど何だか怖くなったわ。何だか得体の知れない人にどんどん引き込まれていく自分が。
あなたにはあなたなりの人の接し方があるんでしょうけど私から見れば何だか八方美人的というか八方破れと言うか誰でもオーケーみたいなところがあるでしょう。女って自分だけを見ていてって気持ちが強いけどあなたにはそんなところは全く感じられない。
惹き付けられるだけ惹き付けられて挙句にこの人を失ったらどうしようってね。だから自分が立ち行かなくなってしまう前にあなたから離れてしまおうかってそんなことを考えたの。
丁度あのフリーの翻訳さんが来てあなたがそっちを向きそうな気配だったから自分を納得させるにはいいのかなと思ってね。でも私も自分に素直になるわ。あなたが一緒にいてくれるなら私もその間はあなたに添って生きるわ。そしてあなたが私から離れていかないように精一杯努力するわ。
あの子も同じだと思うわ。反発するたびにあなたに投げつけられたり押さえ込まれて。でもね、あの子もあなたと一緒にいてあなたの優しさに触れて徐々にあなたに惹かれるようになったんだと思う。あなたは自分の領域に入って来る人には本当に優しいからね。」
「そんなこと言ったらあなたも一緒じゃないの。」
「私はあなたみたいに優しくはないわ。それに私はあの子には女の色が濃すぎるんだと思う。それに普通の女じゃないしね。私に比べればあなたは女の色が薄いから彼女にとってもある意味接近し易いんじゃない。」
「ある意味って恋愛のためってこと。」
「そうね、そういう意味に取って差し支えないと思うわ。」
「現実問題として私が何者であろうと社会的には佐山芳恵というれっきとした女なんだから、あの子が何と思っていようと私があの子の恋人になるのは絶対に無理よ。
それはあの子も分かっているでしょうけどね。でもあなたも私もはみ出し者、だからはみ出し者同士あなたの恋人にはなれるわ、そうでしょう。」
「はみ出し者なの、私達。」
「そう、間違いなくはみ出し者よ、あなたも私も。」
「そうなんだ、うん、そうか。はみ出し者か。」
女土方は納得したように何度もはみ出し者と口に出した。
「ねえ、そろそろ行かないとまたあの子から催促の電話が入るかな。」
「そうね、でも夕食までにはまだ時間があるわ。私のやり方が男流と言うならあなたのビアン流をもう一度見せて欲しいわね。」
女土方は笑顔で「いいわよ」と言うと立ち上がった。僕もその後に続いて階段を上がって行った。