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仙丈岳は南アルプス最北端に位置する3千メートル峰だ。向かいの甲斐駒ケ岳の筋骨隆々としたような男性的な峻険な山容に比べて穏やかに長く伸びた稜線は優しい女性的な山容を形作り南アルプスの女王と呼ばれる美しい山だ。以前は前山越えの厳しい登山を強いられたこの山も今は北沢峠から比較的簡単に頂上に立つことが出来る三千メートル峰であることに加えて中腹の馬の背周辺の日当たりの良い潅木帯の斜面に広がるお花畑でも女性に極めて人気の高い山だ。

ところがこの山の有名なお花畑が日本鹿に食われて消えてしまったと言う。最近、日本鹿の頭数が激増し、さらに温暖化による気温の上昇のため、以前は活動範囲外であった二千メートルを超える高山帯まで鹿が進出し、高山植物を食い荒らしてしまうのだと言う。実際映像では岩稜帯を超えて長野側に移動する鹿の群れを映し出していたが、南アルプスで岩稜帯は二千五百メートル以上なので相当な高山まで鹿が進出しているのだろう。

高山植物も三年続けて葉や茎を食われてしまうともう芽吹くことが出来ずに地下で死滅してしまうらしい。たしかに以前この山に登った時には馬の背ヒュッテの手前辺りにユリやキンバイ、トリカブトなどが咲き乱れた草地があったが、今は全くなくなってしまってわずかに鹿のきらいな蕗の類が残るだけだと言う。

この鹿は食料が不足すると樹皮まで食い荒らして森林を破壊してしまうらしい。地元の猟友会が駆除に乗り出しているが、これも会員の高齢化や会員数の減少などで効果が上がらないという。さらに鹿が高山の植物を食い尽くしてしまうので雷鳥の生育環境が悪化して南アルプスの雷鳥の数が激減しているそうだ。南アルプスでも雷鳥は人の多い北岳から外れ、間の岳あたりまで足を伸ばせば結構頻繁に見ることが出来たのだが。

鹿の数は自衛隊でも動員して大規模な駆除でもすれば一時的には減少するだろうが、鹿も好きで増え過ぎたわけでもないだろう。鹿を駆除しても人間の活動によって生じた自然環境の重大な変化はまた新たな問題を生み出すのだろう。それがどのようなものになるかは分らないが、恐らく我々が慣れ親しんだ日本の自然は全く姿を変えてしまうかも知れない。この先、人間に自らが招いた重大な自然の変化を食い止めるために何が出来るかを真剣に考える時が来ているのだろう。