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 その後は施設の接収や武器弾薬の引渡しへの立会などしばらくは多忙を極めたが、やることが終わってしまうと時間を持て余すようになった。そしてそうした武装解除作業が一段落すると米軍の尋問が始まった。最初は司令や飛行長、その他の参謀など上級者から尋問されていたが、やがて我々下級士官も順次呼ばれるようになった。そして私にも尋問のための出頭日時が告げられた。

 指定の時間に以前の司令部に行くと元の司令室に通された。そこには尋問官の少佐と書記の下士官、そして通訳が待っていた。席に着くとコーヒーやクッキーを勧められた。それから徐に質問が始まった。生立ちから経歴、軍に入った動機、軍歴、部隊内での役職、戦歴と質問は進んでいった。質問は当然通訳を介して英語で行われた。

 通訳がいなくても対応できる自信はあったが、質問に対して考える時間を得るために敢えて通訳を退けなかった。その通訳自身もお世辞にもうまいとは言えなかった。
部隊での配置について『自分は戦闘機搭乗員だった。』と答えると尋問官は身を乗り出すようにして尋ねた。

「君は何機くらい米国の航空機を撃墜したか。」

「海軍では個人の撃墜数を公式に集計していない。自分の撃墜数について公式な数字はないが、十機以上は撃墜していると確信している。」

 誰もが戦犯の指名を受けないように撃墜数などは控え目に答えていたようだが、私は概ね正直な数字を答えた。

「それでは君は部隊のエースだったのか。」

「海軍ではそのような呼称は存在しないが、あなた方の言うように五機以上の敵機を撃墜した飛行士をエースと言うのならそういうことになる。」

「君は部隊では最高の戦闘機搭乗員だったのか。」

「そうではない。もっと優秀な搭乗員が大勢いた。そういう優れた搭乗員の援助があって自分は任務を果たすことができたと考えている。」

 尋問官はしばらく質問を打ち切って書類を繰っていた。読んでいるというよりは時を計っているという感じだった。彼等が本当に聞きたいことを切り出す間合いを計っているようだった。そしてやがて手を止めると私の方に向き直った。

「君の部隊の指揮官は君たちにどのような任務を与えたのか。君たちの部隊に与えられた任務はどのようなものだったのか。」

「西日本の制空権の奪還と確保が我々に与えられた任務だった。」

「それは何のためか。」

「日本の国民と国土を君たち米軍の攻撃から守るためだ。」

「再びアジアに侵略の手を伸ばすためではないのか。そのために我々を打ち破ろうと無駄な消耗を繰り返していたのではないのか。」

「繰り返して言うが、我々の任務は日本の国民と国土を君たちの無差別な攻撃から守ることだった。侵略のためではない。」

「アジア地域への侵攻について指示されたことはないか。」

「そのようなことは一度もない。」

「君は今回日本が始めたこの戦争が中国や東南アジアに対する侵略戦争だったと認めるか。」

「それは帝国海軍軍人としての自分に対する質問か、それとも一個人としての回答を求めているのか。」

「軍人としての貴官に対する質問だ。」

「戦争の目的は帝国議会に支持された大日本帝国政府が決定したことで我々は与えられた任務を遂行しただけだ。戦えと命令されれば個人の意思にかかわらず任務に最善を尽くすのが軍人の任務だ。」

「君が言う政府とはトウジョウのことか。」

「違う。大日本帝国議会に支持された正統な大日本帝国政府だ。東条閣下はその政府を代表する総理大臣の一人に過ぎない。独裁者ではない。」

「君はこの戦争が日本政府の正式な決定事項として開始されたと認識しているのか。」

「そうだ。政府の決定事項でなければ軍は戦闘行動を開始することはできない。」

「それでは日本の正統な政府がこの侵略戦争を開始したと認めるのか。」

「政府が開戦を決定するに至った経緯について我々は詳細には承知していない。政府は自存自衛のため米英に対して開戦のやむなきに至ったと説明している。我々は日本の国土を侵す者に対して国民と国土の防衛のために戦闘行動を取るよう命令されただけだ。」

「君個人としてはこの戦争をどう考えるか。」

 「貴官は先ほど軍人としての自分に質問していると言った。今の質問は個人としての貴官からの質問か。」

尋問官は明らかに苛立った様子を見せた。

「君はこの戦争に勝てると思ったのか。」

「戦争に勝てるかどうかは我々には関係ない。命令があれば、情況がどうであれ全力を尽くして戦うのが軍人としての我々の義務だ。」

「君たちは他国を侵略して、それらの国民に多大な辛酸を舐めさせた。しかも自国まで破滅に導き、多くの国民を死に至らしめ、惨めな敗北を喫した。それをどう考えるか。」

「開戦に至ったのは単に日本だけに責任があるとは思っていない。双方に戦争を回避しようとする意思があれば、まだその方法はあったはずだ。それに日本の非戦闘員が多数死亡したのは米国の無差別爆撃のためだ。貴官はそれをどう考えるか。軍人として国民に申し訳なく思うことはそれを防ぐことが出来なかったことだ。

 確かに帝国陸海軍は完膚なきまでに敗北した。それは認める。しかしこの半年間、我々の部隊は個々の戦闘で米軍に敗北したとは思っていない。むしろ戦闘では貴官の国の部隊を圧倒していたと言ってもいいかもしれない。圧倒的な戦力の貴官の部隊に対して何ら怯むことなく勇敢に戦った戦友たちを誇りに思っている。」

「国家と国民を破滅に導いておいて何ら責任も取ろうとせず反省の言葉もないというのか。」

「反省というのなら貴官たちも同じことだろう。戦に勝った側だけが主張することができる正義だとしたら、そんな正義など何の意味もない。外交において自らの主張を通すための一つの手段として戦争という方法があることは認める。しかし、戦がもたらすものは大量殺戮と破壊そして永く薄れることのない憎しみだけだ。我々は真に自存自衛の場合を除いて戦端を開くべきではない。軍は抑止力としてのみその存在価値がある。」

尋問官は思い切り机を叩くと立ち上がった。

「君から戦争や軍の存在の意義について講義を受けるつもりはない。もういい、帰りたまえ。」

 激怒する尋問官に軽く会釈をすると私は部屋を出た。そして飛行長のところに行って顛末を報告した。飛行長は苦笑いをしながら「占領軍とけんかをするなんて困った奴だ。何事もなければいいんだが。」と一言言ったが、それ以上は何も言わなかった。