「きゃー、ここは何所なの。どうしてこんな格好をしているの。何で私はこんなところにいるの。」
自分で酔いつぶれておいて散々人に苦労をさせてここまで連れて来てもらったのに「何でこんなところにいるの。」はないだろう。別に道端に放り出して来ても良かったんだから。状況を把握出来ずに叫び続けているテキストエディターのお姉さんの顔と言えば化粧が滲んで髪はバサバサでそれはひどいものだった。
寝起きの顔は男も女も見られたものではないが、その落差はどう見ても女の方が分が悪いようだ。しかも僕が昨夜パンツ一枚にひん剥いてTシャツを着せて寝かしたのだから胸を押さえないで尻の方を何とかすればいいのに下は胡座をかいて丸出し状態で胸を押さえているのはどうにも理解に苦しむ状況だった。
「ほらほら落ち着いて。ここは澤本さんの家よ。あなたが酔いつぶれてしまったから私と佐山さんでここに連れて来て寝かせたの。だから落ち着きなさい。」
テキストエディターのお姉さんの取り乱し方を見かねた女土方がこの状況を説明すると漸く落ち着きを取り戻したように部屋の中を見回した。
「ここが澤本んちなの。すごいじゃない、お城みたい。ねえ、ここって本当に澤本んちなの。」
今度はさっきの取り乱し方はどこへやら今度はパンツ姿で窓際に駆けて行って外を覗き出した。
「へえ、すごい家。本当にお城みたいな家なのね。噂では聞いていたけどこんなにすごいとは思っていなかったわ。」
「ねえ、あなたそんな格好で窓際なんかに行くと外から丸見えじゃないの。お行儀の悪いことをしていないで早くシャワーでも浴びて支度をしたら。食事の用意ももうすぐ出来るから。」
僕がそう言うとテキストエディターのお姉さんは「そうしたらこの豊満な肉体を、」と言うとTシャツをパッと捲って見せた。お前が言うその豊満な肉体は昨夜散々堪能したからもういいよと言いたかったが、そんなわけにもいかないのでへらへら笑いを浮かべながら黙っていると女土方が近づいて行って頭をこつんとしてから「お行儀の悪いことをしていないで早く支度しなさい。会社に遅れるわよ。」とたしなめていた。
テキストエディターのお姉さんがシャワーを使いに行った後、女土方に「どう、あの子は。ググッと来ない。」と聞いたら「本当にあなたって節操のない人ね。」と僕までこつんされて叱られてしまった。
『でもな、女土方よ、男なんてな、そんなもんなんだよ。愛は愛、欲は欲、これが男の本性なんだよ。それを分かってくれよ。』
僕は女土方にそう言いたかったが女にこんなことを言っても亀裂が深くなるばかりで情況は好転しないし、しかもこれももちろん禁句なので言いたいことを口に出さずに舌を出してごまかした。世間では生物学的に、遺伝学的に、医学的に、心理学的に、文化人類学的に、文学的に、社会学的に、それこそありとあらゆる様々な分野から男女のセックスについて研究がなされている。
そして様々な研究結果が導き出されているが、実際のところ不明な点が多いようだ。基本的には種の保存という生物の本能によるのだろうが、実際にはこれに後天的に獲得された要素、環境、個人の資質や嗜好といった問題も絡んでくるので一律にこれだという結論を導き出すのはなかなか難しいのだろう。でもそうした高度に専門的な研究の成果を否定するようで恐縮だが、言わせてもらえば男も女も基本的には同じだと思う。男女で最も異なるのはセックスに対する感情の関与の度合いなんだろう。
男でも好きな女となら感情も高揚するし幸福感も高まるのは当然であるが、平たく言えば男の場合生理的に受け付けない女を除いてはすべて可なのだ。そうでなければ世の中にこれほど長い期間広範囲に売春などという商売が蔓延るはずがないというのが僕の持論なんだがどうだろうか。
女の場合は感情という要素が大きな比重を占めるので男の場合とはちょっと事情が異なる。それはそうだろう、場合によっては相手の子供を産むことになるのだから。妊娠出産と言う行為は当然母体にそれなりの負担や危険が伴うのだからむやみやたら可という程度の相手とは出来ないだろう。実際女の体になってみるとそのような行為が自己の存在を脅かす神をも恐れない行為であることがよく分かった。男を生理的に受け付けないなんてことは当然のこと、妊娠なんてした日には自己の存在それ自体を物理的に否定するに等しいことなので今の僕に対してそのような行為を仕掛けることは正当防衛として自存自衛のための武力行使が当然認められるべきだと認識している。
話が脇道に逸れたが男と女のセックスに対する先天的な意識はかなりの開きがあると考えても差し支えないだろう。僕と女土方にしても傍から見ていれば突然ビアンに目覚めた女と先天的なビアンの組み合わせに見えるんだろうが、僕のそれは正常な男としての性欲の発露なのだから愛して信頼を寄せているのは女土方一人であっても、それとは別に他の女に興味や好奇心が湧くのは仕方のないことなのだと勝手に理解している。そしてビアンとは言っても愛情の対象が同性というだけでそのプロセスは純粋な女性のそれである女土方が僕を見ていて節操がないと嘆くのも当然の帰結なんだろう。
それにしてもそれぞれの時代や場所特有の事情に応じて雑婚や一夫多妻、多夫一妻婚などが行われていたし現在も行われているのだから、先天的遺伝的な要素以外に後天的な要素としては教育というものの比重が極めて大きいのだろう。もっとも教育というやつは国家を超中央集権的軍事国家にも自由奔放楽天脳天気国家にも変幻自在に変えてしまう人心洗脳操作に極めて大きな威力を発揮する行政手法なので決して疎かにしてはいけないものだと思う。これで少し話の質が高まったのでこの辺でくだらない話は終わりにしよう。
周りがどんなに騒いでいても寝こけているクレヨンを海老固めで起こして支度をさせ、お手伝いさんが用意してくれた朝食を食べ、そして僕たち四人は車を拾って会社に出勤した。今日から社長室の隣に勤務場所が移ったので今までのように自分のペースで自由気ままには勤務することが出来そうもないのにはちょっと悲しかった。