待機が解除になって宿舎に戻る搭乗員の間から「一体俺達は本当に勝てるのだろうか。」というささやきがそこここで聞かれた。
「おい、敵が奴等を呼んでいるぞ。早く帰って来いと何度も呼んでいるぞ。」
指揮所のテントで無線を聞いていた通信員が大声で叫んだ。その声に宿舎に戻りかけていた搭乗員がテントの周りに大勢集まって来た。そこに飛行長が顔を出してしばらく無線から流れる英語を聞いていたが、やがて低い声で言った。
「敵もあの四機が今の日本の戦闘機に全機撃墜されたとは信じられないらしい。平文で何度も各飛行場に不時着の有無を確認している。敵も落とされたとは思いたくはないようだ。」
私は敵の無線を聞いていて、これまで悪魔の化身のように思い込んでいたあの四機の搭乗員に対する自分の印象を変えざるを得なかった。敵はあの四機の搭乗員を『Boys』とまるで利かん坊の少年でも呼ぶように繰り返していた。その呼び声も最後にはかすれた涙声に変わっていた。
『もしも彼等がそんなただの利かん坊の少年達であったのなら、その少年達を感情のかけらもない殺人機械に変えてしまったのは一体何なのだろう。あの撃ち砕かれた無抵抗の女性や子供達を見たら、その少年達は一体何と思うだろう。』
宿舎に引き上げる途中、私はそんなことを考え続けた。その晩は前日の疲れと今日の待機の緊張から来る疲れが重なって私は夕食もそこそこに自分の寝台に潜り込んで息も絶えたと思われるほど深い眠りを貪った。
翌日も翌々日も暗いうちから指揮所の周辺で部隊全員が待機を始めた。戦闘機は滑走路脇に引き出され、何時でも飛び立てるように整備が行われていた。偵察隊は暗い空から差し込む糸のように細い光に向かって敵の姿を求めて飛び立って行った。そかしそうした努力も空しく敵の所在は知れなかった。
私は手持ち無沙汰を紛らわすために自分の機体を見に行った。列線に並べられた機体を順に眺めながら歩いていると胴体に金色の十字架を描いた機体が目に入った。十字架は全部で十五描かれていた。それが高瀬の機体であることはすぐに分かった。そして機体に描かれた金色の十字架は高瀬が撃墜した敵機の数であることも容易に察しがついた。しかし普通は矢で射抜かれた星や星条旗などを描くのに高瀬が何故十字架を描いたのかその理由は分からなかった。
高瀬の機体から少し離れたところに並べられていた私の機体は特に異常もなく、すでに発進準備を終えていた。一回り機体を回って型どおりの点検を行った後、私は待機所に戻った。初日は搭乗員全員が燃え上がるような闘志を漲らせていたが、日が経つにつれて少し様子が変わってきた。何度も弾の下を潜って来たベテランの搭乗員には特に変わった様子はなかったが、経験の浅い搭乗員には闘志が不安の色に変わる者が多くなって来た。物量では我々を遥かに凌駕している敵の戦闘技量も決して侮れないことを悟ったためなのか、ただ待たされることに対する焦りなのか、生物の本能的な死に対する恐怖なのか、おそらくはそれらが交じり合った感情なのだろうが、最初の頃の『一丁へこましてやろうか。』といった勢いは消え去っていた。
情緒的な思考をする日本人は一時の感情の高ぶりに任せて強気の行動は出来ても、何時の間にか時間が経つにつれて興奮は不安へと変化して平静を保ちながら長い間緊張感を持続させることは苦手な国民なのかもしれない。自然の成り行きなのか不安や焦りが投げやりな気持ちを増幅した。あちこちで諍いや口論が始まった。険悪な重苦しい雰囲気が辺りに立ち込めた。これまで営々として築き上げてきた連帯感と士気がまさに崩れ始めようとしたその時、基地の空に甲高い爆音が響き渡った。
「味方戦闘機一機、離陸します。」
見張員の声が響いた。その爆音と見張り員の声に全員が滑走路に眼を向けた。胴体に隊長機を示す鮮やかな二本の黄色の帯を描いた山下大尉の機体だった。山下大尉は離陸をすると牙を剥いて吼える猛獣のような激しい戦闘機動を始めた。そして最後にプロペラの先が地面を打ちそうな低空飛行で飛行場を通過した。それはまるで敵に怯え苛立っている搭乗員を叱りつけるような激しい闘志に満ちていた。
「山下隊長が、隊長が怒っているぞ。」
「隊長はしっかりせいと言っとる。負け戦のフィリピンでも不敗の山下隊長だ。あの人がいればアメ公なんぞに負けるわけはない。」
搭乗員達は山下隊長の機体を目で追いながら口々に叫んだ。方向を見失いかけていた若い搭乗員達にとって山下隊長は神頼みよりもはるかに具体的で力強く頼もしい拠り所だった。ほとんど全員が注視する中、山下大尉は機体を滑走路に叩きつける様に着陸するとそのまま待機所の真ん中の椅子に腰をおろした。一人の青年が取ったこの行動で部隊の雰囲気は全く変わった。部隊全体に凛とした緊張感が溢れ、隊員も自信とゆとりを取り戻した。山下大尉は敢闘精神旺盛な搭乗員で有能な指揮官かもしれないが、同時にある種の人を惹きつける魅力を持っているのかもしれない。
しかし、たとえ誰が何をしようが今の日本の退勢はどうしようもないところまできているのは明らかなのに、彼の取ったあれだけの行動でこれほどまでに全体の雰囲気が変わってしまうのは日本人そのものが客観的な現実を踏まえた上で自分の内に何かしらの規範を創るよりも取合えず何所か他に自己を律するための規範を求めたがる傾向があるからかもしれないと私は自分なりに分析してみた。
結局この日も敵を発見することは出来ず、また敵の急襲を受けることもなく夕方を迎えた。待機は一部の部隊を除いて解散となった。夕食後自分の寝台に寝転んで本を読んでいた私のところに高瀬がやって来た。高瀬は酒を飲んでいたらしく顔に赤味が差していた。
「若い搭乗員と酒を飲んでいるんだ。顔を出さないか。」
高瀬は酒席に私を誘った。下士官搭乗員と話をする機会があまりなかった私はその誘いに応ずることにして高瀬の後について下士官達の部屋に向かった。軍では下士官と士官が私的に交流することは少ないが、高瀬はあまり気にする様子もなく搭乗員だけでなく整備班の下士官、兵とも気軽に酒を酌み交わしていた。
部屋に入ると十人ばかりが車座になって床に座り込んで酒を酌み交わしていたが、私を見て全員が立ち上がって敬礼をした。私は軍の規律に従って敬礼を返した後「ここからは階級は抜きでやろう。」と断って高瀬とともに座に加わった。
「高瀬中尉、さっきの話の続きですが、何故撃墜マークを十字架にしたのですか。何か辛気臭くありませんか。もっと景気のいいマークに取り替えたらいかがですか。」
酒田という名札を縫いつけた作業服を着た、まだあどけなさを残した顔をした下士官が高瀬に尋ねた。
高瀬は苦笑いをしながら「あれは撃墜マークのつもりじゃないんだよ。」と答えた。
「それじゃあ何なのですか、あのマークは。」
「弔いのつもりなんだがそうは見えないか。」
私は高瀬の言葉を聞いた時、高瀬が描いた機体の十字架の意味を納得した。しかし下士官達は高瀬の意図を図りかねたようだった。
「弔い、誰の弔いなんですか。」
「自分が撃墜した敵の搭乗員の弔いだよ。何かおかしいか。」
高瀬の言葉に座がざわめいた。
「なぜ敵の弔いをするのか。」
「我々の仲間や家族を殺す敵をなぜ弔うのですか。中尉の交際していた女も敵に殺されたじゃないですか。」
高瀬はそんな下士官達に静かに言葉を返した。
「貴様達の中に敵機を撃墜した者はいるか。」
皆がそれぞれ顔を見合わせていたが、しばらくして二人が手を挙げた。
「貴様は何機落とした。」
手を上げた下士官に高瀬が尋ねた。
「マリアナ戦でTBFを一機落としました。」
「貴様はどうか。」
高瀬はもう一人手を挙げた者に尋ねた。
「台湾でグラマンを一機、それから救助にきたPBYを共同で落としました。」
「敵機を落とした時にどんな気がした。」
手を挙げた二人は互いに顔を見合わせた。
「そりゃあいい気分ですよ。思い知ったかって。奴等mやりたい放題味方を叩いているんですから。」
一人がそう答えて別の一人を振り返った。同意を求められた者も当然といった顔で頷いた。
「分隊士はどうなんですか。敵機を撃墜した時に何も感じないんですか。」
「敵機に弾が吸い込まれていって外板や部品が飛び散って火が噴き出したり、爆発して燃えながら落ちていくと、鳥肌が立って身震いがするほどの快感が押し寄せてくる。そりゃ気持ちがいいもんさ。男冥利に尽きるよ。よくぞ戦闘機乗りに生まれたり、だよ。」
「何だ、弔いとか言って、分隊士も同じじゃないか。」
「確かにそうなんだが、しかし戦争と言っても、これはやはり人殺しだ。その人殺しを当たり前と言って何も感じない人間にはなりたくはない。」
「敵の奴等だって、無抵抗の子供や女を爆撃したり、機銃掃射して殺しているじゃないですか。」
「それが戦争だから、だから戦争は、おっと、そうだな、お前達の言うとおりだ。徹底的に戦わなきゃ。明日は来るぞ、敵の大編隊が。必ず来る。」
高瀬はこの時『戦争は最大の悲劇だから、これ以上続けてはいけない。』と言いたかったのかも知れない。恋人を無残に殺され、その遺体を自分の手で火葬にした時もほとんど感情を表情に出さなかった高瀬が、この時だけはとても悲しそうな顔をした。それはほんの一瞬だったが、私には高瀬の辛さが痛いほど理解できた。
「おい、敵が奴等を呼んでいるぞ。早く帰って来いと何度も呼んでいるぞ。」
指揮所のテントで無線を聞いていた通信員が大声で叫んだ。その声に宿舎に戻りかけていた搭乗員がテントの周りに大勢集まって来た。そこに飛行長が顔を出してしばらく無線から流れる英語を聞いていたが、やがて低い声で言った。
「敵もあの四機が今の日本の戦闘機に全機撃墜されたとは信じられないらしい。平文で何度も各飛行場に不時着の有無を確認している。敵も落とされたとは思いたくはないようだ。」
私は敵の無線を聞いていて、これまで悪魔の化身のように思い込んでいたあの四機の搭乗員に対する自分の印象を変えざるを得なかった。敵はあの四機の搭乗員を『Boys』とまるで利かん坊の少年でも呼ぶように繰り返していた。その呼び声も最後にはかすれた涙声に変わっていた。
『もしも彼等がそんなただの利かん坊の少年達であったのなら、その少年達を感情のかけらもない殺人機械に変えてしまったのは一体何なのだろう。あの撃ち砕かれた無抵抗の女性や子供達を見たら、その少年達は一体何と思うだろう。』
宿舎に引き上げる途中、私はそんなことを考え続けた。その晩は前日の疲れと今日の待機の緊張から来る疲れが重なって私は夕食もそこそこに自分の寝台に潜り込んで息も絶えたと思われるほど深い眠りを貪った。
翌日も翌々日も暗いうちから指揮所の周辺で部隊全員が待機を始めた。戦闘機は滑走路脇に引き出され、何時でも飛び立てるように整備が行われていた。偵察隊は暗い空から差し込む糸のように細い光に向かって敵の姿を求めて飛び立って行った。そかしそうした努力も空しく敵の所在は知れなかった。
私は手持ち無沙汰を紛らわすために自分の機体を見に行った。列線に並べられた機体を順に眺めながら歩いていると胴体に金色の十字架を描いた機体が目に入った。十字架は全部で十五描かれていた。それが高瀬の機体であることはすぐに分かった。そして機体に描かれた金色の十字架は高瀬が撃墜した敵機の数であることも容易に察しがついた。しかし普通は矢で射抜かれた星や星条旗などを描くのに高瀬が何故十字架を描いたのかその理由は分からなかった。
高瀬の機体から少し離れたところに並べられていた私の機体は特に異常もなく、すでに発進準備を終えていた。一回り機体を回って型どおりの点検を行った後、私は待機所に戻った。初日は搭乗員全員が燃え上がるような闘志を漲らせていたが、日が経つにつれて少し様子が変わってきた。何度も弾の下を潜って来たベテランの搭乗員には特に変わった様子はなかったが、経験の浅い搭乗員には闘志が不安の色に変わる者が多くなって来た。物量では我々を遥かに凌駕している敵の戦闘技量も決して侮れないことを悟ったためなのか、ただ待たされることに対する焦りなのか、生物の本能的な死に対する恐怖なのか、おそらくはそれらが交じり合った感情なのだろうが、最初の頃の『一丁へこましてやろうか。』といった勢いは消え去っていた。
情緒的な思考をする日本人は一時の感情の高ぶりに任せて強気の行動は出来ても、何時の間にか時間が経つにつれて興奮は不安へと変化して平静を保ちながら長い間緊張感を持続させることは苦手な国民なのかもしれない。自然の成り行きなのか不安や焦りが投げやりな気持ちを増幅した。あちこちで諍いや口論が始まった。険悪な重苦しい雰囲気が辺りに立ち込めた。これまで営々として築き上げてきた連帯感と士気がまさに崩れ始めようとしたその時、基地の空に甲高い爆音が響き渡った。
「味方戦闘機一機、離陸します。」
見張員の声が響いた。その爆音と見張り員の声に全員が滑走路に眼を向けた。胴体に隊長機を示す鮮やかな二本の黄色の帯を描いた山下大尉の機体だった。山下大尉は離陸をすると牙を剥いて吼える猛獣のような激しい戦闘機動を始めた。そして最後にプロペラの先が地面を打ちそうな低空飛行で飛行場を通過した。それはまるで敵に怯え苛立っている搭乗員を叱りつけるような激しい闘志に満ちていた。
「山下隊長が、隊長が怒っているぞ。」
「隊長はしっかりせいと言っとる。負け戦のフィリピンでも不敗の山下隊長だ。あの人がいればアメ公なんぞに負けるわけはない。」
搭乗員達は山下隊長の機体を目で追いながら口々に叫んだ。方向を見失いかけていた若い搭乗員達にとって山下隊長は神頼みよりもはるかに具体的で力強く頼もしい拠り所だった。ほとんど全員が注視する中、山下大尉は機体を滑走路に叩きつける様に着陸するとそのまま待機所の真ん中の椅子に腰をおろした。一人の青年が取ったこの行動で部隊の雰囲気は全く変わった。部隊全体に凛とした緊張感が溢れ、隊員も自信とゆとりを取り戻した。山下大尉は敢闘精神旺盛な搭乗員で有能な指揮官かもしれないが、同時にある種の人を惹きつける魅力を持っているのかもしれない。
しかし、たとえ誰が何をしようが今の日本の退勢はどうしようもないところまできているのは明らかなのに、彼の取ったあれだけの行動でこれほどまでに全体の雰囲気が変わってしまうのは日本人そのものが客観的な現実を踏まえた上で自分の内に何かしらの規範を創るよりも取合えず何所か他に自己を律するための規範を求めたがる傾向があるからかもしれないと私は自分なりに分析してみた。
結局この日も敵を発見することは出来ず、また敵の急襲を受けることもなく夕方を迎えた。待機は一部の部隊を除いて解散となった。夕食後自分の寝台に寝転んで本を読んでいた私のところに高瀬がやって来た。高瀬は酒を飲んでいたらしく顔に赤味が差していた。
「若い搭乗員と酒を飲んでいるんだ。顔を出さないか。」
高瀬は酒席に私を誘った。下士官搭乗員と話をする機会があまりなかった私はその誘いに応ずることにして高瀬の後について下士官達の部屋に向かった。軍では下士官と士官が私的に交流することは少ないが、高瀬はあまり気にする様子もなく搭乗員だけでなく整備班の下士官、兵とも気軽に酒を酌み交わしていた。
部屋に入ると十人ばかりが車座になって床に座り込んで酒を酌み交わしていたが、私を見て全員が立ち上がって敬礼をした。私は軍の規律に従って敬礼を返した後「ここからは階級は抜きでやろう。」と断って高瀬とともに座に加わった。
「高瀬中尉、さっきの話の続きですが、何故撃墜マークを十字架にしたのですか。何か辛気臭くありませんか。もっと景気のいいマークに取り替えたらいかがですか。」
酒田という名札を縫いつけた作業服を着た、まだあどけなさを残した顔をした下士官が高瀬に尋ねた。
高瀬は苦笑いをしながら「あれは撃墜マークのつもりじゃないんだよ。」と答えた。
「それじゃあ何なのですか、あのマークは。」
「弔いのつもりなんだがそうは見えないか。」
私は高瀬の言葉を聞いた時、高瀬が描いた機体の十字架の意味を納得した。しかし下士官達は高瀬の意図を図りかねたようだった。
「弔い、誰の弔いなんですか。」
「自分が撃墜した敵の搭乗員の弔いだよ。何かおかしいか。」
高瀬の言葉に座がざわめいた。
「なぜ敵の弔いをするのか。」
「我々の仲間や家族を殺す敵をなぜ弔うのですか。中尉の交際していた女も敵に殺されたじゃないですか。」
高瀬はそんな下士官達に静かに言葉を返した。
「貴様達の中に敵機を撃墜した者はいるか。」
皆がそれぞれ顔を見合わせていたが、しばらくして二人が手を挙げた。
「貴様は何機落とした。」
手を上げた下士官に高瀬が尋ねた。
「マリアナ戦でTBFを一機落としました。」
「貴様はどうか。」
高瀬はもう一人手を挙げた者に尋ねた。
「台湾でグラマンを一機、それから救助にきたPBYを共同で落としました。」
「敵機を落とした時にどんな気がした。」
手を挙げた二人は互いに顔を見合わせた。
「そりゃあいい気分ですよ。思い知ったかって。奴等mやりたい放題味方を叩いているんですから。」
一人がそう答えて別の一人を振り返った。同意を求められた者も当然といった顔で頷いた。
「分隊士はどうなんですか。敵機を撃墜した時に何も感じないんですか。」
「敵機に弾が吸い込まれていって外板や部品が飛び散って火が噴き出したり、爆発して燃えながら落ちていくと、鳥肌が立って身震いがするほどの快感が押し寄せてくる。そりゃ気持ちがいいもんさ。男冥利に尽きるよ。よくぞ戦闘機乗りに生まれたり、だよ。」
「何だ、弔いとか言って、分隊士も同じじゃないか。」
「確かにそうなんだが、しかし戦争と言っても、これはやはり人殺しだ。その人殺しを当たり前と言って何も感じない人間にはなりたくはない。」
「敵の奴等だって、無抵抗の子供や女を爆撃したり、機銃掃射して殺しているじゃないですか。」
「それが戦争だから、だから戦争は、おっと、そうだな、お前達の言うとおりだ。徹底的に戦わなきゃ。明日は来るぞ、敵の大編隊が。必ず来る。」
高瀬はこの時『戦争は最大の悲劇だから、これ以上続けてはいけない。』と言いたかったのかも知れない。恋人を無残に殺され、その遺体を自分の手で火葬にした時もほとんど感情を表情に出さなかった高瀬が、この時だけはとても悲しそうな顔をした。それはほんの一瞬だったが、私には高瀬の辛さが痛いほど理解できた。