「あまり遠くに行くんじゃないぞ。」
高瀬が大声を上げたが、特に子供達の動きを気にする様子もなく例の女性と車の近くの河原に座り込んだ。私と小桜も二人から少し離れた場所に並んで腰を下ろした。
「さっき別れたばかりなのに、こんなに早く会えるとは思わなかった。」
私は走り回っている子供達を目で追いながら小桜に話しかけた。
「私もお二人を見た時は驚きました。でも、どんな形でもお会い出来て嬉しいです。」
小桜は口に出したとおり本当に嬉しそうだった。そしてそれよりももっと嬉しそうにしていたのが高瀬達だった。二人は手を握り合ってしっかりと寄り添い、今にも抱き合わんばかりだった。私はちょっといたずら心を出して高瀬に声をかけた。
「高瀬、昼はどうするんだ。何か用意してあるのか。」
私の呼びかけに高瀬はいとも簡単に寄り添っていた女性から離れて立ち上がると私の方に向かって歩いてきた。
「そうだった。食事は主計の連中に頼んで握り飯を用意させた。陸戦用の烹炊用具を持ってきているので湯を沸かしてお茶でも入れてやろう。ちょっと手伝ってくれ。」
高瀬は子供達に向かって薪になるものを集めるように言った。子供達はその言葉に従って河原に落ちている棒切れや木片を拾い集めて運んできた。私と高瀬は河原の石を集めて炉をこしらえ、そこに子供達が集めた木片を入れて火を点けた。小桜たちは車から材料を降ろして食事の支度を始めた。車に積まれていた大きな包みを開けると握り飯の他に海苔巻も出てきて子供達は大喜びだった。
「その他に大人たちのお楽しみ。」
高瀬は小さな包みを取り出した。そしてその包みを飯盒に投げ込んだ。
「それは何だ。」
私が尋ねると高瀬は「珈琲だ。」と答えた。
「珈琲か。本物なのか、何年ぶりだろう。どうして手に入れた。」
「司令の来客用だ。一掴み、くすねて来た。」
それを聞いて小桜達が笑い出した。
「それに砂糖だ。珈琲に入れるといい。」
包みには真っ白な精製した砂糖が入っていた。
「こんな真っ白な砂糖なんて、もったいなくて。」
「校舎に置いてきた荷物の中に何キロか入っている。子供達に何か甘いものでも作ってやるといい。軍の備蓄物資だ。倉庫の中には有り余るほど積んである。」
高瀬は自分から珈琲を金物のコップに取り分けると無造作に砂糖を放り込んで飲み始めた。私は小桜達に珈琲を取り分けてやった。それから自分の分をカップに注ぐと砂糖を加えて一口飲んで煙草を出して火をつけた。戦が迫っているといっても、そんなことはかけらも感じさせないのどかな春の午後だった。
食事も終わって子供達はそれぞれいくつかのグループに分かれて遊び始めた。高瀬は恋人の膝枕でまどろみ始めていた。そんな高瀬が突然弾かれたように起き上がった。
「爆音が聞こえる。紫電じゃない。」
今までに聞いたことのないほど神経質な高瀬の声だった。
「子供達を集めろ。早く。」
高瀬が叫んで駆け出した時には爆音は私にもはっきりと聞こえていた。そして音のする方向に四つの黒い点が見え始めた。
「急げ、急げ。林に入れ。」
高瀬は子供達に向かって大声で叫びながら走った。私も小桜たちを窪みに伏せさせると動かないように言ってから手近なところから子供達を避難させたが、一組を岩の陰に導いたところで敵の最初の一撃が来た。私にとっても初めて間近で見る敵機の姿だった。輝くような銀色の機体に尖った機首、短く左右に広がった翼、そして尾部全体を鮮やかなブルーに塗り分けていた。
爆音、機銃の連続的な発射音、機銃弾が石に当たって跳ね返る音、舞い上がる土煙、最初の一撃で河原は慈悲のかけらもない戦場に変わった。続いて第二撃、今度は尾部を赤く塗った機体だった。誰もが動くこともままならなかった。最も離れた川の流れの近くにいた子供達の一団は最初の一撃で全く我を忘れて、ただ呆然と立ったまま空を見上げていた。その子供達に向かって残りの二機が降下していった。
「伏せろ、伏せろ。」
高瀬や私の叫び声は茫然自失の子供達には届かなかった。敵の三、四番機はその子供達を指向して降下して来た。私は飛び出そうとしたが、泣き叫ぶ子供達を抑えるのに手一杯で身動きが取れなかったし、たとえ出て行っても子供達をその場に伏せさせるくらいが精一杯で避難させることなど到底出来そうになかった。
「皆、動くな。」
爆音にかき消されそうな高瀬の声が途切れ途切れに聞こえた。その時目の前を人が走って行くのが目に入った。高瀬の恋人だった。
「伏せろ、動くな。」
私と高瀬が交互に叫んだが、彼女は意に介さずにまっしぐらに川の淵に立って泣き叫んでいる子供の一団に向かって駆けて行った。そして子供達にもう少しで手が届くところまで走った時、第三撃が、続いて第四撃が加えられ河原に機銃弾が荒れ狂った。舞い上がる土煙の中に体を機銃弾に貫かれ河原にたたきつけられるように倒れ込む女性の姿が見えた。
土煙が収まると倒れている高瀬の恋人や子供達がはっきりと見えたが、敵機が低空を旋回していたために近づくことが出来なかった。敵は旋回しながら我々が動こうとすると降下を繰り返し、頭上すれすれを通り過ぎては牽制した。そうして敵機はしばらく上空に止まった後、南東の方向に去っていった。
敵機が去ると我々は川の淵へ急いだ。そこには凄惨な光景が広がっていた。高瀬の恋人は子供達から少し離れた場所に仰向けに倒れていた。左肩と右のわき腹に機銃の直撃を受けたらしく左腕は肩の付け根からちぎれ、わき腹は大きくえぐられて内臓がはみ出していた。そして両方の目は空に向かって大きく見開かれていた。私と小桜は無残な遺体を前にして立ち竦んでいた。
「何をしている。生きている者が先だ。」
私達は高瀬の一喝で我に返った。そして倒れて泣き叫んでいる子供達を一人一人抱き上げては車に運んだ。しかし手当てをするにも薬はおろか包帯に使う布切れさえなかった。小桜は自分の衣服の袖や裾を裂いて止血帯の代わりに使っていたが、そんなものでは到底足りなかった。私達三人の誰もが全身に鮮血を浴びて重傷者のように見えた。
生存者と子供達の遺体を運び終えた後高瀬が自分の恋人を抱きかかえるようにして運んできた。その腹部の傷からは内臓が垂れ下がり、先端から血が滴って地面や岩に赤黒いしみを作っていった。私は彼女が倒れていたところに戻って血だまりの中から残されていた彼女の左腕を拾い上げ、両手でささげるように運んで遺体の脇に置いた。
「何故、こんなところに敵の陸軍機が。あれはP五一だった。硫黄島からの戦闘偵察か。」
高瀬は独り言のように呟いた。
「とにかく町へ急ごう。」
高瀬は負傷した子供達と遺体を車の荷台に幌を敷いて載せて小桜に看護をするように言ってから車を発進させた。途中駐在に車を止めて高瀬は警察電話を使って基地へ連絡を取った。
「軍医と衛生兵、それに火葬のための薪と油を頼んだ。」
子供達の疎開所になっている分校に着いた時には部隊はもうすでに到着していて治療の準備もすっかり出来ていたが、ここに着くまでの間にさらに二人の子供が息を引き取っていた。結局、六人の子供と高瀬の恋人が死亡した。そしてそれ以外に五人の子供が重軽傷を負った。
私と高瀬は現場に来ていた飛行長に事の顛末を説明した。飛行長はただ黙って頷いた後に基地でも尾部をそれぞれ赤、青、黄、緑の四色に塗装した四機のP五一の銃撃を受けて若干の損害が生じたことを話した。
「なんて惨い奴等だ。こんな子供や女まで狙うとは。」
隊員の一人が呟いた。
「戦争とは、国家総力戦とはそういうものだ。女子供でも総力戦では立派な戦力だ。それを倒すのは惨いことでもなんでもない、当然のことなんだ。惨いのはそういう総力戦を国民に強いることだ。」
高瀬は淡々とした口調で独り言のように言ったが、誰もそれに答える者はいなかった。しばらくして軍医がやって来て飛行長に経過を報告した。負傷した子供のうち二名は体の中に入った弾片の摘出手術が必要ということで衛生兵に付き添われて基地内に運ばれて行った。
「全部隊はすでに戦闘体制に入っている。至急帰還する。」
飛行長は事態の一応の収集を図ることが出来たと判断して隊員全員に帰還命令を出したが、高瀬がこれに異を唱えた。
「死亡者の遺体の処置が終わっておりません。ここは女手一つで、しかも負傷した子供の面倒を見なければなりません。遺体をこのまま放置するのは死者に対する礼を欠きます。出来れば火葬が終わるまで付き添いたいと思いますが、許可をいただけますでしょうか。」
「よし、分かった。高瀬中尉と武田中尉は隊員四名とこの場に残って遺体の処置をしろ。終わったら速やかに帰隊せよ。」
高瀬は飛行長に向かって敬礼をすると遺体を安置してある校庭の隅の天幕に行き、手にした布で女性の顔を拭ってこびりついていた血液や泥を落としてやった。そしてはみ出した内臓を腹腔内に戻し、千切れた腕を体に沿わせて置き、その上をさらしで硬く巻いて最後の身繕いをさせた。そして遺体を抱き上げると、うずたかく積み上げてあった火葬用の薪の上にそっと載せた。その薪の上にはすでに五人の子供の遺体が並べてあった。
薪にガソリンをかけると高瀬は火を点けた。そして敬礼をすると、二、三歩後ろに下がった。その時後から「腰抜け。」と言う罵声が飛んだ。
「お前達が逃げ回ってばかりいるから、こんな罪もない子供や女が殺されるんだ。」
その声はうわさを聞いて集まって来た町の住民からのものだった。
「海軍は罪もない女子供を盾にしても自分の命が惜しいのか。」
「無敵海軍、無敵は逃げ足の速さだけか。」
罵声は次から次へと浴びせかけられた。住民に不穏な動きがあるという警察からの通報で引き返してきた飛行長等も何も出来ずに立ち尽くしていた。群集から石が投げ込まれ、そのうちの一つが高瀬の額に当たって血が流れたが、高瀬は真っ直ぐに立って群集を見つめたままその血を拭うこともしなかった。
群衆はやがて警察によって解散させられ、辺りはまた静けさが戻った。高瀬は群衆が解散すると、今度は燃え上がる炎を見据えたまま石像のように動かなかった。
薪は何度か足され、油がかけられたが、そのたびに火は死んだ者達の怨念が噴出したように大きく燃え上がった。日が沈んで辺りが暗闇に包まれるころ炎は消えて火葬が終わった。
高瀬は薪の燃えさしの中から遺骨を丁寧に拾い集めて骨壷に納め、それを形ばかりの祭壇に安置すると
「後を頼みます。」と小桜に言い残してトラックに乗り込んだ。私は今夜ここに残るようにいわれた衛生兵二名に簡単な指示をすると小桜に声をかけてから高瀬の後を追ってトラックに乗った。私が乗るとすぐにトラックは疎開所を後に基地に向かって走り出した。
高瀬が大声を上げたが、特に子供達の動きを気にする様子もなく例の女性と車の近くの河原に座り込んだ。私と小桜も二人から少し離れた場所に並んで腰を下ろした。
「さっき別れたばかりなのに、こんなに早く会えるとは思わなかった。」
私は走り回っている子供達を目で追いながら小桜に話しかけた。
「私もお二人を見た時は驚きました。でも、どんな形でもお会い出来て嬉しいです。」
小桜は口に出したとおり本当に嬉しそうだった。そしてそれよりももっと嬉しそうにしていたのが高瀬達だった。二人は手を握り合ってしっかりと寄り添い、今にも抱き合わんばかりだった。私はちょっといたずら心を出して高瀬に声をかけた。
「高瀬、昼はどうするんだ。何か用意してあるのか。」
私の呼びかけに高瀬はいとも簡単に寄り添っていた女性から離れて立ち上がると私の方に向かって歩いてきた。
「そうだった。食事は主計の連中に頼んで握り飯を用意させた。陸戦用の烹炊用具を持ってきているので湯を沸かしてお茶でも入れてやろう。ちょっと手伝ってくれ。」
高瀬は子供達に向かって薪になるものを集めるように言った。子供達はその言葉に従って河原に落ちている棒切れや木片を拾い集めて運んできた。私と高瀬は河原の石を集めて炉をこしらえ、そこに子供達が集めた木片を入れて火を点けた。小桜たちは車から材料を降ろして食事の支度を始めた。車に積まれていた大きな包みを開けると握り飯の他に海苔巻も出てきて子供達は大喜びだった。
「その他に大人たちのお楽しみ。」
高瀬は小さな包みを取り出した。そしてその包みを飯盒に投げ込んだ。
「それは何だ。」
私が尋ねると高瀬は「珈琲だ。」と答えた。
「珈琲か。本物なのか、何年ぶりだろう。どうして手に入れた。」
「司令の来客用だ。一掴み、くすねて来た。」
それを聞いて小桜達が笑い出した。
「それに砂糖だ。珈琲に入れるといい。」
包みには真っ白な精製した砂糖が入っていた。
「こんな真っ白な砂糖なんて、もったいなくて。」
「校舎に置いてきた荷物の中に何キロか入っている。子供達に何か甘いものでも作ってやるといい。軍の備蓄物資だ。倉庫の中には有り余るほど積んである。」
高瀬は自分から珈琲を金物のコップに取り分けると無造作に砂糖を放り込んで飲み始めた。私は小桜達に珈琲を取り分けてやった。それから自分の分をカップに注ぐと砂糖を加えて一口飲んで煙草を出して火をつけた。戦が迫っているといっても、そんなことはかけらも感じさせないのどかな春の午後だった。
食事も終わって子供達はそれぞれいくつかのグループに分かれて遊び始めた。高瀬は恋人の膝枕でまどろみ始めていた。そんな高瀬が突然弾かれたように起き上がった。
「爆音が聞こえる。紫電じゃない。」
今までに聞いたことのないほど神経質な高瀬の声だった。
「子供達を集めろ。早く。」
高瀬が叫んで駆け出した時には爆音は私にもはっきりと聞こえていた。そして音のする方向に四つの黒い点が見え始めた。
「急げ、急げ。林に入れ。」
高瀬は子供達に向かって大声で叫びながら走った。私も小桜たちを窪みに伏せさせると動かないように言ってから手近なところから子供達を避難させたが、一組を岩の陰に導いたところで敵の最初の一撃が来た。私にとっても初めて間近で見る敵機の姿だった。輝くような銀色の機体に尖った機首、短く左右に広がった翼、そして尾部全体を鮮やかなブルーに塗り分けていた。
爆音、機銃の連続的な発射音、機銃弾が石に当たって跳ね返る音、舞い上がる土煙、最初の一撃で河原は慈悲のかけらもない戦場に変わった。続いて第二撃、今度は尾部を赤く塗った機体だった。誰もが動くこともままならなかった。最も離れた川の流れの近くにいた子供達の一団は最初の一撃で全く我を忘れて、ただ呆然と立ったまま空を見上げていた。その子供達に向かって残りの二機が降下していった。
「伏せろ、伏せろ。」
高瀬や私の叫び声は茫然自失の子供達には届かなかった。敵の三、四番機はその子供達を指向して降下して来た。私は飛び出そうとしたが、泣き叫ぶ子供達を抑えるのに手一杯で身動きが取れなかったし、たとえ出て行っても子供達をその場に伏せさせるくらいが精一杯で避難させることなど到底出来そうになかった。
「皆、動くな。」
爆音にかき消されそうな高瀬の声が途切れ途切れに聞こえた。その時目の前を人が走って行くのが目に入った。高瀬の恋人だった。
「伏せろ、動くな。」
私と高瀬が交互に叫んだが、彼女は意に介さずにまっしぐらに川の淵に立って泣き叫んでいる子供の一団に向かって駆けて行った。そして子供達にもう少しで手が届くところまで走った時、第三撃が、続いて第四撃が加えられ河原に機銃弾が荒れ狂った。舞い上がる土煙の中に体を機銃弾に貫かれ河原にたたきつけられるように倒れ込む女性の姿が見えた。
土煙が収まると倒れている高瀬の恋人や子供達がはっきりと見えたが、敵機が低空を旋回していたために近づくことが出来なかった。敵は旋回しながら我々が動こうとすると降下を繰り返し、頭上すれすれを通り過ぎては牽制した。そうして敵機はしばらく上空に止まった後、南東の方向に去っていった。
敵機が去ると我々は川の淵へ急いだ。そこには凄惨な光景が広がっていた。高瀬の恋人は子供達から少し離れた場所に仰向けに倒れていた。左肩と右のわき腹に機銃の直撃を受けたらしく左腕は肩の付け根からちぎれ、わき腹は大きくえぐられて内臓がはみ出していた。そして両方の目は空に向かって大きく見開かれていた。私と小桜は無残な遺体を前にして立ち竦んでいた。
「何をしている。生きている者が先だ。」
私達は高瀬の一喝で我に返った。そして倒れて泣き叫んでいる子供達を一人一人抱き上げては車に運んだ。しかし手当てをするにも薬はおろか包帯に使う布切れさえなかった。小桜は自分の衣服の袖や裾を裂いて止血帯の代わりに使っていたが、そんなものでは到底足りなかった。私達三人の誰もが全身に鮮血を浴びて重傷者のように見えた。
生存者と子供達の遺体を運び終えた後高瀬が自分の恋人を抱きかかえるようにして運んできた。その腹部の傷からは内臓が垂れ下がり、先端から血が滴って地面や岩に赤黒いしみを作っていった。私は彼女が倒れていたところに戻って血だまりの中から残されていた彼女の左腕を拾い上げ、両手でささげるように運んで遺体の脇に置いた。
「何故、こんなところに敵の陸軍機が。あれはP五一だった。硫黄島からの戦闘偵察か。」
高瀬は独り言のように呟いた。
「とにかく町へ急ごう。」
高瀬は負傷した子供達と遺体を車の荷台に幌を敷いて載せて小桜に看護をするように言ってから車を発進させた。途中駐在に車を止めて高瀬は警察電話を使って基地へ連絡を取った。
「軍医と衛生兵、それに火葬のための薪と油を頼んだ。」
子供達の疎開所になっている分校に着いた時には部隊はもうすでに到着していて治療の準備もすっかり出来ていたが、ここに着くまでの間にさらに二人の子供が息を引き取っていた。結局、六人の子供と高瀬の恋人が死亡した。そしてそれ以外に五人の子供が重軽傷を負った。
私と高瀬は現場に来ていた飛行長に事の顛末を説明した。飛行長はただ黙って頷いた後に基地でも尾部をそれぞれ赤、青、黄、緑の四色に塗装した四機のP五一の銃撃を受けて若干の損害が生じたことを話した。
「なんて惨い奴等だ。こんな子供や女まで狙うとは。」
隊員の一人が呟いた。
「戦争とは、国家総力戦とはそういうものだ。女子供でも総力戦では立派な戦力だ。それを倒すのは惨いことでもなんでもない、当然のことなんだ。惨いのはそういう総力戦を国民に強いることだ。」
高瀬は淡々とした口調で独り言のように言ったが、誰もそれに答える者はいなかった。しばらくして軍医がやって来て飛行長に経過を報告した。負傷した子供のうち二名は体の中に入った弾片の摘出手術が必要ということで衛生兵に付き添われて基地内に運ばれて行った。
「全部隊はすでに戦闘体制に入っている。至急帰還する。」
飛行長は事態の一応の収集を図ることが出来たと判断して隊員全員に帰還命令を出したが、高瀬がこれに異を唱えた。
「死亡者の遺体の処置が終わっておりません。ここは女手一つで、しかも負傷した子供の面倒を見なければなりません。遺体をこのまま放置するのは死者に対する礼を欠きます。出来れば火葬が終わるまで付き添いたいと思いますが、許可をいただけますでしょうか。」
「よし、分かった。高瀬中尉と武田中尉は隊員四名とこの場に残って遺体の処置をしろ。終わったら速やかに帰隊せよ。」
高瀬は飛行長に向かって敬礼をすると遺体を安置してある校庭の隅の天幕に行き、手にした布で女性の顔を拭ってこびりついていた血液や泥を落としてやった。そしてはみ出した内臓を腹腔内に戻し、千切れた腕を体に沿わせて置き、その上をさらしで硬く巻いて最後の身繕いをさせた。そして遺体を抱き上げると、うずたかく積み上げてあった火葬用の薪の上にそっと載せた。その薪の上にはすでに五人の子供の遺体が並べてあった。
薪にガソリンをかけると高瀬は火を点けた。そして敬礼をすると、二、三歩後ろに下がった。その時後から「腰抜け。」と言う罵声が飛んだ。
「お前達が逃げ回ってばかりいるから、こんな罪もない子供や女が殺されるんだ。」
その声はうわさを聞いて集まって来た町の住民からのものだった。
「海軍は罪もない女子供を盾にしても自分の命が惜しいのか。」
「無敵海軍、無敵は逃げ足の速さだけか。」
罵声は次から次へと浴びせかけられた。住民に不穏な動きがあるという警察からの通報で引き返してきた飛行長等も何も出来ずに立ち尽くしていた。群集から石が投げ込まれ、そのうちの一つが高瀬の額に当たって血が流れたが、高瀬は真っ直ぐに立って群集を見つめたままその血を拭うこともしなかった。
群衆はやがて警察によって解散させられ、辺りはまた静けさが戻った。高瀬は群衆が解散すると、今度は燃え上がる炎を見据えたまま石像のように動かなかった。
薪は何度か足され、油がかけられたが、そのたびに火は死んだ者達の怨念が噴出したように大きく燃え上がった。日が沈んで辺りが暗闇に包まれるころ炎は消えて火葬が終わった。
高瀬は薪の燃えさしの中から遺骨を丁寧に拾い集めて骨壷に納め、それを形ばかりの祭壇に安置すると
「後を頼みます。」と小桜に言い残してトラックに乗り込んだ。私は今夜ここに残るようにいわれた衛生兵二名に簡単な指示をすると小桜に声をかけてから高瀬の後を追ってトラックに乗った。私が乗るとすぐにトラックは疎開所を後に基地に向かって走り出した。