奈落の底の
絶望の淵に生まれ、
ただひたすらに
暗闇の中に生きてきた人生を
一体どうすれば祝福できるのか?
生きることが死ぬことより苦しく
死ぬ勇気も許しもなく
死ねないから生きる人生を
一体どうすれば幸福と感じられるのか?
ギリギリの淵にある
ゴミなのか何なのかさえ分からない
知識や知恵と呼ばれるものを
どれだけ集めても
『人生』を知ることすらできない人生に
一体どうすれば意味や価値を見出せるのか?
交わされるのは
真理や真意の無い
枯れ渇き乾いた浅く浮く言葉たち。
出会いに募るのは希望や信頼なんかより
不信や拒絶、絶望の方が大きい。
一体どうすれば出会いを心から喜べるのか?
働き稼ぎ、金を得て
責任を果たし、
そして「自由に生きよ」と社会が個に要請しても
訳もわからず、忙殺され、そんなゆとりも
気力も気持ちももう出ません。
ただ生きるロボット、廃人なのです。
私の中の思いの中の
小さな小さな私が唯一の居場所で
目を開けばそこには
どこにも
愛なんてものも、
希望の片鱗もなく
広がるのは単なる虚構と虚空感。
だけど、何かを「変える力」は無いのです。
でも、どこかでほんのわずかに
「変えられる」と期待する自分もいて。
それでも、言葉にするのに
1億光年の距離があって
行動にするのには
さらにそれ以上の距離と壁があって、
そんな自分を期待すればするほど募るのは
途方も無い世界にどうしようもない無力感。
見せかけの希望すら
むしろ残酷で、
訳も分からず笑顔する気力すら
振り絞ることができず
私は世界の中にも
そして、私の中でさえも
立っていられません。
見せかけの言葉に触れ
見せかけの希望を信じ
見せかけの勇気を出して
見せかけの挑戦を繰り返して
見せかけの関係を築き
見せかけの資産を得て
見せかけの『幸せでした。』
私の心には、
どんな言葉も
どんな挑戦も
どんな栄誉も
全てバブルで跡形もなく崩れ去りました。
生きることも死ぬこともできない。
体は生きていても心が死んでいる。
心が呼吸ができない。
これは今だから紡げる
当時24歳の私の心。
そして
『事実より大事な、私の感じてきた世界』です。
当時は、言語化することができず
ただひたすらに感覚としてあり続けていた
私の心です。
私は幸運にも、【強烈な出会い】のお陰で
幸せと希望と確信に満ちた今を
生きられるようになりました。
私が今生きる意味は、
【真の希望と、燦然と輝く無限の可能性】
をこの時代に、人類に伝え具現化するため。
それだけです。
Nohさんと出会い、認識技術と出会い
自分と自分の宇宙が完璧に消え、
ようやく【心】そして【自分】が分かりました。
今の時代は、心が分からず、
思ってることと言葉が一致せず、
言葉と行動が一致せず、
【自己の経営】が何より苦しんでいる課題の根幹であるように感じています。
私は、この時代の課題を解決することこそが、
教育の責務であり、経世済民(経済)の本意であると思っています。
IT経済以降の、希望ある経済、産業として
認識技術によるEdunomics(教育経済)が
この日本から、世界への福音として
2020年のオリンピックを大きなきっかけに
飛翔できるよう、全てを賭して勝負していきます。
全ての偽物、見せかけが淘汰され
本物だけが求められる。
あなたは、
全てを削ぎ落とし
1つだけ残すとしたら
どんな生き方をしますか?
その一つとして、
あなたと出会いたい。
【心】は、
この時代に生きる一人ひとりに
そう問うてるように感じます。