35日目 東海道 池鯉鮒宿→鳴海宿→宮宿
天気: 概ねはれ![]()
歩いた距離:17.0km
前回 岡崎宿→池鯉鮒宿の様子はこちら
いままでの全記録はこちら
今回は見どころたくさんで長いレポートです。
お付き合いください。
前回のゴール富士松駅からスタート。
用悪水路。
どう考えても変な名前の水路です。
どうやら、田んぼの使用済みの水を捨てるための水路らしいです。
境川を渡ります。 まさにここはボーダーなのです。![]()
ここは三河の国と尾張の国の国境です。
いつもは、ぐるりとジャンプしますが・・・。
恥ずかしいんで、静かに国境越え~。
大津まで143km。
・・・ということは京都まで約160kmです。
まぁ、実際の旧道での距離とは若干異なりますが。
左右に木のもっこりが。
阿野一里塚です。両側に残ってます。珍しい~。
とても古そうな道標がありました。 1807年建。
中京競馬場駅。 このそばに桶狭間の古戦場があります。
ここがあの桶狭間の戦いの場所。![]()
私は歴史は詳しくないけど、
誰でも知ってる桶狭間の戦いがここで行われました。
たくさんの戦死者が出て、あちこちに石碑があります。
たくさんのお化けが出たそうで、
霊を慰めるため建てられたおばけ地蔵(左)
しばらく進むと、タイムスリップしたような光景が。![]()
ほんと居心地が良いです。中山道を思い出すなぁ。
間の宿を抜け、急に現代に戻りました。
有松一里塚です。
ここ、ひわたさんが通った時、工事中で一里塚作ってたんですよね。
ひわたさんのブログ→ ひわたさん(鳴海、宮)
名鉄名古屋線を渡ります。
鳴海宿に入ります。
いつの間にか鳴海宿を抜けてしまった・・・。
有松のほうがインパクト大きいですね。。
天白川を渡ります。
だんだん、名古屋の街に入ってきました。
道路の上にはやじさんきたさんの看板。
これ、なんか好き。![]()
笠寺一里塚です。
江戸から88里。 352kmの地点です。
よくここまで歩いてきたなぁ。。
笠寺観音に寄りました。
けっこう有名らしいです。
多宝堂。東海道で3か所目かな。何回見ても面白い形です。
徳川家康公 幼少時代の人質交換の碑がありました。
なんか、いろいろ人質になってたらしいです。![]()
笠寺観音商店街を抜けます。似顔絵がなんかいいです。
呼続(よびつぎ)という地名に入ります。珍しい地名ですね。
宿駅制度400周年の碑がありました。
都会に入りました。
石油ファンヒータで有名なトヨトミ。
また、国道1号から旧道へ。
宮地区の説明。
熱田神宮のにも近く、佐屋・美嚢・木曽街道の分岐点で、
海にも近いので大変賑わったそうです。
裁断橋とその説明。ちょっと怖い名前の橋です。
旧東海道 伝馬町。
しばらく長距離歩いていなかったので、
幹線道路で東海道が分断されてます。
歩道橋より。 旧道はあっちだ。![]()
やっとついた~。
旧東海道 宮宿 七里の渡しです。![]()
ついに、江戸日本橋から名古屋まで367km歩いてきました。![]()
いや~。もう うるうる・・・。![]()
ここから、三重の桑名まで、
七里半(30km)を船で渡らなければなりません。
江戸時代に七里も船で渡るなんて、すごい大変だったことでしょう。
いまは定期船がなく、船をチャーターしないといけないらしいです。
ある意味、現代の旧東海道の一番の難所です。
今回の街道歩きはここまでです。![]()
翌日、すぐそばの熱田神宮に行きました。
一度来てみたかったところです。 とにかく規模がデカイ。
最近はパワースポットで人気だそうで、お参りしました。
ちょうど年1回の舞楽神事をやってました。



































































