45日目 東海道 石部宿 → 草津宿 | 今日のひとりごと・・・・     

45日目 東海道 石部宿 → 草津宿

歩いた日:2018年5月19日(土)

天気: くもり晴れ くもり時々はれ

歩いた距離:11.0km 

前日 水口宿 → 石部宿 の様子はこちら

⇒ 44日目 水口宿→石部宿

いままでの全記録はこちら

⇒ 東海道まとめ

 

 ゴールの京都三条大橋まで35kmDASH!

 スイッチが入った感じです。DASH!DASH!

中山道完全踏破以来10年ぶりの草津宿に向け出発です。DASH!DASH!DASH!

 

石部宿の東海道碑からスタート。

 

ここで、東海道は下道と上道で分かれます。

もともとは下道だった東海道。野洲川のたびたびの氾濫で上道が整備され、

茶屋など引っ越ししたそうです。

上道が本道なので、五軒茶屋の看板のところで左折します。

 

登坂です。

 

最近、道が整備されたようで、綺麗ですが、非常にわかりにくいです。

どうやら、ここを右ではないかと・・・。

 

ありました。栗東20トンネル。(トンネルの左上に書いてあります。)

ここで名神高速道路をくぐります。くぐったらすぐ右折です。

 

名神高速道路沿いを歩くと、東海道ウオーカーで有名なカメラスポットです。

近江富士(三上山)です。 前の木が邪魔えー

 

先に進むと、目の前に近江富士がドーンと見えてきました。

で、左折です。

 

まんまるな花。これ何でしたっけ?

このあたりは用水が各家庭の前を流れ、炊事洗濯?ができるように

整備されています。昨日の雨で濁ってました。

 

田んぼに映える、逆さ近江富士富士山  街道歩きの醍醐味です。音譜

 

道標と常夜灯

新善光寺道と書いてあります。

信濃善光寺の分身の新善光寺というのがあるらしいです。

 

 

和中散本舗。江戸時代の薬で、特に胃腸に効く薬で東海道で

有名だったそうです。

”ぜさい”というのがお店の名前で、”和中散”が薬の名前です。

 

こちら、まだ当主が住んでいらして、たまに公開するのですが、

なんと!公開日にたまたま当たって、中を見学できました。

 

この大型機械。薬の製造装置で薬草を石うすでつぶすそうです。

写真右のように人が歩いて回すそうで、大量生産を可能にしたそうです。

当時の看板

 

この薬屋さん、本陣ではないですが、将軍様や天皇小休所として偉い人が

たくさん来たそうで、入口や庭が豪華です。本陣と同じですね。

 

中にはお宝がいっぱいです。

写真左は魯山人の自筆の書。

ふすまも鶴と松で縁起よく。これみんな江戸時代のままで、

有名な人が書いたらしいです。

 

こちら。明治9年9月21日 明治天皇が訪れたときに実際に履いていた

草鞋だそうです。すげぇ。目 特大サイズです。

 

雰囲気良くてすっかり長居してしまいました。

先に進みましょう。

 

六地蔵の一里塚

日本橋から百十八里(472km)アップ

梅の木も有名で結構ににぎわっていたそうです。

 

京を出発したばかりの団体さんと遭遇です。

江戸までがんばってくださーいビックリマーク

 

醤油も有名だったみたいです。

このへん、いろんな石碑があります。

 

東経136度 子午線の碑。北緯35度01分22秒です。

長らく街道歩いていますが、こういうの初めて見た気がします。

場所はここ(写真右)です。

 

だんだん京に近づいていることを実感する街並みです。

 

九代将軍 足利義尚公 ゆかりの地らしいです。

クネクネ。いいですね~。これぞ。旧街道爆  笑

 

草津川土手にぶつかりましたよ。

東海道やせうま坂 馬が痩せる様な坂はなさそうですが・・・。?

右が東海道。左は中郡街道というらしいです。

 

東海道目川の一里塚 江戸から百十九里(476km)歩きましたよ。

 

本日も飛田くん大活躍です。飛出し坊や

 

このへん田楽発祥の地だそうで。いやビックリです。

街道の旅人には大人気だったことでしょう。

 

いよいよ草津本陣の看板がアップ

・・・と、そのすぐそばに芭蕉の句碑がありました。

ここ、酒屋さんもあって、田楽と酒で芭蕉も癒されたみたいです。

 

新幹線のガードをくぐり、いよいよ草津市です。DASH!

 

東海道は左へ。・・・・でも、なんかへん。?

あぎゃーっ橋が・・・ないびっくりあせる

どうすりゃ、いいんだ・・・あせる

しょうがなく迂回し、見つけたビックリマーク 旧東海道音譜

思い切り、工事中でした。

 

もう、道見ればこれは街道かがすぐわかります。照れ

 

・・・で、T字路が見えてきました。

いよいよか・・・。ドキドキハート

 

ついについにやってきました。

中山道と東海道の追分です。音譜音譜音譜音譜音譜

 

2008年2月10日京都三条大橋から中山道でここを通過して江戸へ。走る人

そして、江戸から東海道で再びこの地へ。・・・走る人

10年ぶりに帰って来ました。ニコニコ

当時の模様はこちら→ 2日目 中山道 大津宿→草津宿→守山宿

 

右:東海道いせみち。左:中山道美のじ。と書かれています。

 

そして、これを逃してはいけません。追分マンホール。カメラ

慶長七年(1602)年 東海道中山道分岐点。

私は東海道いせみちから歩いてきました。 

そして、ゴールの京へ行くわけです。

 

いや~。もう、うれしくて、うれしくて・・・。

10年前はここでガッツポーズでしたが、今回はピースチョキお祝い

 

そして、10年ぶりの草津宿本陣へ。ゆっくり中をみました。

 

追分マンホールで写真を撮りまくっていたら、地元の方が声をかけてくださり

いままでの経緯を話したら、ここへ行きなさいと・・・・。

 

草津宿街道交流館です。

 

東海道五十三次 五十二番目草津宿 マンホールと同じカードを頂きました。

 

 

そして・・・。もう一つ。

申請して、草津宿を通過した証明書を草津市から頂きました。照れ

これ、2種類あって、中山道踏破証明書もあるんです。

中山道も踏破してるんで、両方ほしかったけど、今回は東海道なんで。

10年前はこの制度、無かったそうです。

 

さて、次回は京から10年前に歩いたルートを逆に京に向かって歩きます。

あと、ゴールまで25kmです。

今回はここまで。パー