残り3日で決断する。


ほぼ固まっているが。

やはり自分の道は自分で決めるしかない。

一時はサラリーマンとしての残された時間を基準にして、'どうすべきか'という自分の行く末を判断したこともある。一般的にいう「サラリーマン的発想」で。


しかし、それはあまりにも枠にはまった、小さな発想である。

そもそも定年後の人生も考えたときに残りの人生をどう豊かに暮らすのかを考える必要がある。


これまで分かれ道で悩んだ結果自然体で選択をせずに身を任せたことが2回あり、今回が3回目の選択のタイミングとなる。

選択する以上、自らに責任も伴うし、捨てるものも発生するが、そろそろ良いであろう。

もうこんな年になってしまったのだから。


しっかりと悔いのない判断、選択をしよう。


今回の判断で俺の残りの人生は大きく変わることは間違いない。しかしそう考えていること自体も大袈裟かもしれない。色んな生き方があるはずだから。


今回は攻めが7割、守りが3割かな。本音では。守りと行っても逃げといってもいいかもしれないが、その逃げの何が悪いと思えている時点で反転はついているはず。あとは細かいイメトレをして、予定通り進めていくだけ。この判断で次に守りの選択肢はもうなくなることとなるはずだから。いや、守る必要はなくなり、一気に視野が広がると思っている。

を視野に今から毎日熟考していこうと思う。


ここまでだいたんな判断をするからには、リスクをとるからには、自分のこれまでの歩みと自らのスキルを振り替えり、そして将来について考え直す必要が出てきた。


正直大誤算である。


異動願いを出す時点で大きくサラリーマン人生は狂う。ただし、色々なものを取捨選択すれば確保されるものが確定する部分はある。但しかなりのものを捨てることにはなるが。


その異動願いが思った流れにならず受理されない場合、もしくは受理されるもその後の確保されると思っていたものが確保されなかった場合が転職である。


本来は受理されない、もしくは受理されるもその後の確保されて欲しいものが確定しないのであれば、経歴が汚れる前に転職活動を始めるという選択もあるだろうが、私のなかでのリスク量は

異動願い<転職

であり、できれば一部を捨てるにとどめたいという考えからである。

転職であれば今あるものを実質的にリセットし、確保しておきたいものまで失う可能性があるからだ。但しこれも自分の思い込みの可能性も十分ある。


難しい。やはり踏ん切りがつかないというのが本音である。


こういう状態になってしまったこと自体はサラリーマンとして受け入れているつもりではあるが、あまりに残念すぎる。


頑張りすぎたのか。これまで運が良すぎたのか、、、、いずれにせよこれまでは多少の紆余曲折はあれども順調にやってこれた、そうではない不運な人がたくさんいると思えば自分は恵まれていたかもしれない。


どういう選択をすることになるのか、、、家族のためにも心身だけは健康に保ち、平和を、平凡な家庭としての幸せは確保したい。

あまりのおもしろさにすごく1日1日が重たい、体感時間では短いが、更に深い意味では長い。


この生活はいつまでもつのか、とりあえずは年が明けるところまでを目標にして、あと1か月耐える。


その先に何かあるのか、業務の幅寄せを解除することはそんな簡単なことではないのは既によく理解している。


何とか少しでも有意義に過ごしたい。時間がもったいない。


やはり人生は内容よりも共に時間を過ごす人により大きく値打ちが変わることを改めて痛感する。


仕事なんてそもそもどんな仕事でも良い。これまではそれなりに苦労してストレスの大きなことをしてきたのは事実であるが、一方でなんだかんだ人に恵まれていたんだと思う。


過去が色々と懐かしい。これが過去の美化なのか?多少美化しているかとしれないが、それを割り引いても今までお世話になった方には感謝します。