就職した業界は男性社会でした。
私は元々負けず嫌いで完璧主義、
頑張る・我慢するが信条、
それで人生を思い通りにしてきたので、
男性陣に負けてたまるかと
仕事人間になりました。
残業も休日出勤も厭わず、
負けず嫌いが加速していきました。
ある時、仕事中に
左股関節に激痛が走ります。
痛みが治まらないので
近くの整形外科に行ったところ、
変形性股関節症と診断されました。
処方された湿布を貼っても
塗り薬を塗っても
痛み止めを飲んでも
症状は改善しません。
有名な病院を見つけて転院し、
数ヶ月後の入院・手術が決まりました。
2ヶ月入院、退院後は1ヶ月休職、
2ヶ月入院、退院後は1ヶ月休職、
復職後も松葉杖やT字杖での生活を
強いられました。
手術をしていない右脚に
負荷をかける生活だったため、
次は右股関節が痛み出し、
翌年に右脚の手術もしました。
仕事をしている以上、
仕事をしている以上、
定期的に業績が評価されます。
3ヶ月×2回も職場を不在にしたことで
私の人事評価は地に落ちました。
負けず嫌いの私には
これが堪えました。
事前に人事部から
聞いていた話と違うので
納得できなかったし、
頑張っても頑張っても挽回できず
辞めたいと弱音を吐いた時もあるし、
人間関係のゴタゴタも加わって
死んだらラクになるのかななんて
考えたこともあったっけ。
亡くなった父や残された母を思うと
思いとどまりましたが、
人生で1番精神的に辛かった時代です。
耐えて生きててくれてありがとう、私。
その後の転勤で得意分野の
その後の転勤で得意分野の
ピッタリな仕事に出会います。
ここで頑張ったら
あの時の不在を挽回できるかもしれない、
そう思って奮起しましたが、
それでも評価は変わりませんでした。
これでようやく私は
もうやり切ったと思えて、
退職して地元に戻る決断をしました。
手術をしてから
手術をしてから
とてもとても苦しい7年間だったけど、
ある程度頑張る・我慢するが
できてしまう私は
ここまでの仕打ちがなければ
辞める決断ができませんでした。
人生を強制的に方向転換させるための
痛みだったのかな。
この会社への内定をもらったのは
父の生前で、
それなりに名の知れた会社だったので
喜んでくれていました。
県外に出ることが決まっていましたが、
父はなぜか
「お前は地元に戻ってくると思う」
と言っていました。
その時はなぜこんなことを
言うのだろうと思ったし、
その後このことは
すっかり忘れていたけれど、
地元での生活を始めてからふと、
父のこの言葉を思い出して
鳥肌が立ちました。
地元に戻ってくると思う=
地元に戻ってくると思う=
地元に戻ってきた方が幸せだよ、
というメッセージだったのだろうか。
父の不思議な預言通り
地元に戻ってきて、
確かに今
とても幸せな人生を歩んでいます。