心身の準備が整い、
いよいよ胚盤胞移植周期に進みます。
しかし、いざ移植すると思うと
想像以上にナーバスになっていました。
前回の移植から2年以上ぶり、
不安や緊張も無理はありません。
でもこれまでのような
「うまくいかなかったらどうしよう」
という不安ではなく、
移植が久しぶりすぎることが
不安の大きな要因であったことは
過去からの変化を感じました。
排卵前の通院で、
思ったほど卵胞が育っていないことが
分かります。
継続観察し、
卵は目標ほど大きくなりませんでしたが、
E2は十分になったので排卵誘発。
しかし、移植予定日2日前のP4が
目標より低く、
移植は断念することにしました。
卵の成長がゆっくりだったことは、
初期のFSHが高めだったことが
一因のようでした。
その後下がって
卵も成長していきましたが、
PGT-A最初の周期は
もっと高い値だったので、
あーまたかと
その値に大きな驚きはありませんでした。
初めての経験だったら
要らぬ不安が生じたかもしれません。
また、過去の不育症検査で
「バイアスピリンのみ必要」
もしくは
「バイアスピリンとヘパリン注射が必要」と、
クリニックによって
診断が分かれました。
前者が不育症専門病院だったことと
ヘパリン注射に少し抵抗があり、
以降バイアスピリンのみ
服用し続けていました。
移植前にこのことを思い出して
後者のクリニックに行ったら、
追加検査なく
5年前の検査結果を基に
ヘパリンと子宮収縮対策のダクチルを
処方していただけました。
どうやら私は移植日から
ヘパリン注射が必要だったようです。
もし予定通りの排卵だったら、
この情報に気づくのが遅く
移植日に間に合いませんでした。
ゆっくり育ってくれた卵と
幾多のクリニックに
通いまくった過去の自分、
両方がなければたどり着けませんでした。
遠回りだと思っていた過去の経験は、
全く無駄ではありませんでした。
移植周期のリハーサルもできたし、
この周期でできることはやれました!
卵の成長が遅れたと分かった時、
私は即移植を諦めました。
納得できる完璧な状態で
移植したかったからです。
でも、今妊活サポートで
お世話になっているゆうこさんや
クリニックの先生方が
まだ策はあるという姿勢を
見せてくださり、
やれるだけやってみようと
再び奮い立ちました。
私はまだ、
自分と自分の身体を
信じられていなかったのでした。
また、低温期14日・高温期14日が理想
という思い込みが
まだ私の中にあることに気づきました。
私はどうも
元々の完璧主義を引っ張って
「〇は善、×が悪」
と考えがちです。
理想や正解を〇とするならば、
×は悪いことではなく、
×が教えてくれた課題に
向き合える自分でありたいです。
移植前に心身整ったと思いましたが、
まだまだ学びがありました。
この後、私は妊娠し、
2026年に出産します!
初めて心拍の確認もできたし、
妊婦健診は子宮内膜ポリープのオペで
真摯に向き合ってくれた病院で
安心して診てもらいます。
赤ちゃんはすくすく
お腹の中で育ってくれて、
元気な産声をあげて
産まれてきてくれました。
1年後は、
初めて赤ちゃんと過ごす年末年始です。
"赤ちゃんが産まれました!"という
憧れの年賀状を出して
皆にサプライズ報告し、
"この年齢でママになるなんてすごい!"と
驚かれます。
新年のご挨拶回りの際には
みんな赤ちゃんにくぎ付けで、
みんなから愛され
可愛がってもらっています。
初めての育児でも
周りには経験者のママが
たくさんいるし
親世代も近くにいるので、
適度に頼りながら
毎日を過ごしています。
赤ちゃんの月々の成長が嬉しいです。
3年後は復職して、
育児と仕事の両立にも
慣れてきました。
職場は遠いですが、
制度的には働きやすくありがたいです。
(転職してよかった!)
家族でお出かけする週末が
温かい時間で、
そろそろキャンプや
車中泊のデビューかしら⛺️
夫婦2人のお出かけも楽しかったけど、
子どもも加わって
過ごす時間も楽しんでいます。
10年後、子どもは小学生。
サザエさんの弟カツオのような、
学校から帰ってきて
ランドセルを放り投げて
遊びに出かけるやんちゃボーイ。
もう1人女の子もいるかもね。
どんなことに興味を持ち、
どんな夢を持っているでしょうか。
やりたいことを
応援できる母親でありたいです。
これからも自分自身の人生の中で、
初めての子育てを含めて
未経験のことに
たくさん出会うことでしょう。
経験することは自分の糧になるし
無駄な経験なんてない、
未経験は伸びしろなんだという気持ちで、
未経験のことにも恐れずに
対峙していきます。
1歩ずつ1歩ずつ🐾