妊活お休み前の段階で
3個の胚盤胞が
凍結されていました。

年齢的な焦りから
2個を移植して妊娠判定は陰性、
残るは1個。

2024年10月に、
この胚盤胞を移植する前に
検査をしようとクリニックへ。

そこで、
その検査はおすすめしないこと、
遺残卵胞があること、
子宮筋腫が子宮を圧迫して
妊娠に支障がある可能性
が告げられました。

先生が描いてくれた
子宮筋腫の絵が脳にこびり付き、
これをどうしたらいいのかと
奔走します。

最初に行った県内の総合病院では
「手術したら半年妊活できないし、
手術するとしても数ヶ月の待ちが発生する」
と言われ、翌日別の総合病院へ。

女性の先生が、
丁寧に診察してくれました。

子宮に空気を送って
模擬的な妊娠を作って
子宮筋腫が子宮内で邪魔しているかを
検査をしてくださったり、
MRIを撮ってくださったりして、

筋腫は妊娠を邪魔しない
との結論になりました。

しかし、検査の過程で
子宮内膜ポリープが見つかり、
これは位置的に妊娠を邪魔する
可能性があるということで
切除することに。

トントン拍子に進み、
11月末に入院してオペで切除しました。

その後妊活コミュニティの
整体師Eさんの勧めで、
子宮内膜炎の検査をしました。

数年前の検査で陰性だったので、
呑気に構えて数ヵ月後に
結果を受け取りに行ったところ、
なんと陽性。

抗生剤を飲んで再検査したところ
まだ陽性。
別の抗生剤を飲んで再々検査
という指示でしたが、
薬は一旦服用しませんでした。

その間、生理が来ないので
地元のクリニックに通ったら
卵巣嚢腫が発覚。

別の周期には初めて
腟カンジダにもなりました。

それまで10年以上なんともなかった
持病の股関節が痛みだし、
半年痛みが続くということもあって
踏んだり蹴ったり。

移植しようとしても、
全然前に進めません。

「子宮は我慢や怒りを溜め込む」…
そんなお話を聞き、
自分の心に向き合って、
この足踏み状態の意味を
考えることにしました。

🌸第1子長女気質なのか、
甘える・頼るへの苦手意識がありました。

夫は優しいし、
家事を進んでやってくれますが、
やってくれればくれるほど
私ができていないと言われているようで、
窮屈感や罪悪感がありました。

そこには
「家事が完璧な母みたいに
ならなければいけない」
という思い込みが影響していました。

しかし
"夫婦ONE TEAM"という言葉を見て、
考えが変わります。

男は働き、女は支える昔の価値観の中で
両親はワンチームだっただけで、
家事をやってくれる夫と私で
私たちなりのワンチームになればいい。

そう思えたら、
甘える・頼るへの罪悪感が激減し、
家での時間がより心地良くなりました。
仕事でも、
周りを頼れるようになった気がします。


🌸元来の負けず嫌い・完璧主義によって、
他人と比較したり
他人の目が気になる自分もいました。

でも、その人の人生
丸ごと交換したいわけではなくて、
ある一部分だけを見て
羨ましがっているだけでした。

私には私の課題があって、
それを乗り越えることに
フォーカスすればいい、

人と比較しても仕方がないと思えたら
「人は人、私は私」が腑に落ちました。


🌸複数回流産した時、
私はママになる自信がありませんでした。

それを思い返すと、
苦労せずママになった人も
若くしてママになった人も
ママ全員にリスペクトの気持ちが
湧いてきました。

妊娠・出産を果たした人たちを
敵視していた頃には
考えられなかったことです。


これらの学びを得ずに
ママになったとしたら、
子育てで周りを頼ることができず、
1人で抱えて
辛くなっていたかもしれません。

完璧であるべきという
価値観を押し付けるママ、
周りの子と比較するママに
なっていたかもしれません。

私がママになる前に必要な学びでした。

心の変化を感じた後に
子宮内膜炎の再々検査をしたところ、
抗生剤を飲まずに
治癒判定をいただきました!

4~5cmと言われていた
2個の子宮筋腫はどちらも2~3cmに。
心と身体はつながっているのだと
実感しました。


身体と心が整うのに
1年以上かかりましたが、
胚盤胞は私の移植を止め、
そのタイミングを待ってくれていました。

もっと言うと、
この胚盤胞は、
PGT-Aを数ヶ月
待たなければいけなかったので、

PGT-Aしなくてもいいから
採卵しておこうと採卵・培養したものです。

PGT-Aがやりたかった私を
「やりたければやってくればいい。
でも待ってるよ!」
と送り出してくれ、

心の学びを得るまで
待ってくれていました。

この子の方が逆に私の親のようです。

残った1個の胚盤胞が
5年以上もこうやって
待ってくれていたことに、
感謝の気持ちが溢れてなりません。