これまで明確には4回、
赤ちゃんが私のおなかに来てくれました。
最初の流産の時には、
初めて病院で妊娠が認定されたので、
「私妊娠できるんだ!」と
未来に期待を持つことができました。
また、それまで生理が
大幅に遅れた数回も
着床はしていたのではないかと思い、
その期待の気持ちは強くなりました。
2回目はhcg十分、
前回と違って本格的に
妊娠できたと思いました。
しかし、本格的になったからこそ
赤ちゃんはおなかで元気に
育ってくれるだろうか
障害を持って
生まれてきてしまったらどうしよう
「私はママになれるのだろうか」
という不安が強くなりました。
3~4回目はさらに高いhcg値でしたが、
同じくその不安は拭えませんでした。
結果、4回とも
赤ちゃんが途中で
いなくなってしまいました。
悲しいというよりは
「なんでうまくいかないのだろう」
という気持ちが募りました。
どうやったらこの課題を
解決できるのだろうかと奔走し、
喪失感は置き去りになりました。
やればやるだけ夢が近づく、
夢が叶えられる、
そう思っていました。
しばらくして
先祖を敬う大切さを教えられ、
お墓参りをするようになりました。
次第にふと、
おなかにきてくれた
赤ちゃんたちのことも考えるようになり、
8週まで育ってくれた子が
眠ってくれている家の庭の隅に
月命日に手を合わせに
行くようになりました。
大きく育ててあげられなかった
懺悔の時間でした。
ある時
「おなかに来てくれた赤ちゃんは
何を伝えてくれたと思いますか?」
と問われて、
赤ちゃんたちからのメッセージを
考えるようになりました。
3月にやってきてくれた1回目の子は、
私に妊娠できるよと教えてくれました。
7月にやってきてくれた2回目の子は、
ママになれる実感を
私に初めて味わわせてくれました。
10月にやってきてくれた3回目の子は
姿まで私に見せてくれて、
ママになった実感を味わわせてくれました。
8月にやってきてくれた4回目の子は、
妊娠できる身体だけど
その後私が大変な思いを
するかもしれないと教えてくれたのかな、
その後進むことになった不育症の検査で
不調がボロボロ見つかりました。
短すぎる命の中でも、
精一杯のメッセージを
私に送ってくれていました。
それまで懺悔の時間だった
月命日のお参りが
感謝の時間に変わりました。
今では毎月会いに行き対話するのが
楽しみになっています。