今日は金気について、もう少し日置の一族と絡めて書いていきます。
日置神社で見つけた陰陽道で 重要な数字「金気の数」が、寒気がするほど、私に結びついて来るのです。
目次 //////
●金気と言う数と、日置神社の配置
●同じ読みの 忌部と、斎部
●陰陽と穢れと、巫女
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[金気と言う数と、日置神社の配置]
金気は、「ごんき」と読み、陰陽五行説の「金」の気から来ています。
13の数で表され、4と、9の陰陽で構成されています。
陰の4は、生数(きすう)と言い、「生まれる」を意味し。
陽の9は、成数(せいすう)と言い、「達成する」と言う、対極の意味をもちます。
干支の数に直すと、
4は、ウサギ、
9は、猿を表しています。
妻と私です。
対極の性格だけで無く、体温も、どちらかが、寒いと言えば、片方は暑いと言います。
それが、不思議で、一瞬で切り替わることがあるのです。
名古屋の日置神社を見ると、それを表した形が見られ、
東に「宇津木橋」(卯の花の木)
西に「猿子橋」
で結界を造っています。(多分)
(宇津木橋)
(日置神社)
(親子の猿のデザインの猿子橋)
西の橋の近くにある西宮神社は、天照大神の荒魂を祀る事から、更に太陽神(8)で防いでいるようです。
我が家に、これらが不思議な縁で繋がって現れているのです。
この日置神社の配置を知った時、長女の家の隣に新しい家が建ちました。
その家の名前を知り、寒気を覚えたのです。
この縁は、小学校から続いている友達二人とも、繋がっているのです。
これは、数字として表れている事から、私の車の番号と重なっている事に気が付きました。
そうであるなら、私、個人を表すマイナンバーカードの数にも現れていると思い、見てみると、またまた寒気を覚えました。
[同じ読みの 忌部と、斎部と、十二単]
日置神社の一族のルーツは、忌部(いんべ)一族です。
また、斎部(いんべ)とも書きます。
何故、二つの読み方があるのか考えてみました。
下鴨神社で知った「十二単(じゅうにひとえ)」も、二つに分かれていました。
衣装の色の組み合わせで
表の色と裏の色の組み合わせを読む事を「重ね」と言い、
表の色と裏の色の透け具合を読む事を「襲ね(かさね)」と、同じ読みをします。
「忌部(いんべ)」と「斎部(いんべ)」と同じです。
「忌」の意味は、穢れ、忌み嫌う、恨みなどの意味を持ちます。
「斎」は、神に仕える身が清らかな者を言い、
斎王や、巫女と同じです。
[陰陽と穢れと、巫女]
この二つの文字は、 やはり、対照的な意味合いを持ちます。
何故、この様な二つの意味を日置の一族に保たせたのでしょうか?
私の考えですが、
「穢れ」を考えた時、神道では、男女の交わりを穢れとします。
大神神社の巫女、太田田根子は、卑弥呼とも言われ、どうしようもない大黒様の力から来る災いを鎮める為に、国中を探し、見つけた巫女で、その場所の太田神社の万葉歌碑には、ホゾ(女性器)に箸を突っ込み死んだと書かれています。
この事から、忌部(いんべ)は、陰部、つまり、「いんぶ」に言葉遊びで隠されています。
卑弥呼の死んだ年には、日食が起き、亡くなったとされ、大黒様を鎮めるために選ばれた巫女と、
その墓、箸塚古墳の 「箸」、日食の「黒」が重なるのです。
この巫女、大田田根子の 出身地、陶邑村(すえ村/和泉市)の大田神社のある陶荒田(すえあらた)神社の主祭神の一柱に「菅原道真」が祀られている事は、何故なのでしょう。
やはり、天太玉 命を阻祖神とする「忌部」と菅原道真の繋がりと、天児屋根を祖神とする 藤原一族との繋がりを考えると、「斎部」は、藤原氏と繫がるように見えるのです。
この関係性は、三重県のいなべにも現れていることから、神道において重要な結び付きと言えるのですが、偶然と合わさり謎を複雑にしているのです。
何らかの不思議な力が働いているようにも感じるのです。
「忌」の意味に、「恨み」もあることから、菅原道真の太宰府への仕組まれた左遷への恨みと重なるのです。
この先のいなべの記事を読まれると、更に迷宮へといざなうことでしょう。



