皆様がご無事でありますように…。
今回は、我が家のある出来事を紹介します。
妻
は朝、仕事に行くまでに時間的に余裕がないせいか、よく頼み事をしていきます。
ただ、その時の「言い方」次第では、
”カチン
”と来ることが多いのです。…どんな時にカチン
と来るかというと、それは…「暇だったら…」
…という言葉を依頼の言葉につけて 言うことです。
「えっ、そんなこと?」
「えっ、なんでそんなことで?」
…と思われるかも知れません。「冷静な私」なら、
そう思います(笑)
人は、皆、言葉を使いますが、その言葉の意味は、
辞書通りではなく、
「経験」によって、好き、嫌いなどの印象が加わり、
”違った意味””違った印象”が
存在するように感じています。
例えば「暇」とは、辞書では
(自由時間)手明き 手空(す)き 用無し
手が明く 手が空く …忙しいの反対 とされています。
こうした”暇”の言葉の意味の他に、
『生きてきた過程で、どのような時に、
…この言葉が使われたのかが、経験的に身にしみている』
場合、
この言葉の意味以上の”感情
”への刺激が発生するのではと 思うのです。
「暇」は恐らく、私にとっては何らかの経験で「軽蔑」
、「自由時間を楽しんでいけない」

…という、交流分析で言えば禁止令のような
印象があるようです。
例えば、幼い頃に「暇なら勉強でもしたら?」と
いうような、
「自由時間を好きに楽しんでいいんだよ」という、
自分の意志を尊重したい、許されたい時期に、
親が
「暇なら、勉強すれば」とか
「うちの子は、いつも暇そうにしていて みっともない…」と
バカにした眼で他の人に話していたというような、
…自分の意思が否定された思い出があれば
(記憶に無い場合も多いですね)
今の、暇という言葉が私をイライラさせるのは
…暇という言葉を通して
「軽蔑」、
「あなたは自由時間を楽しんでいけない」
という”良くない印象”につながって悲しくなり、
そのままでは心身が落ち込んでしまうので
脳が精神を高揚させるために操作して怒り

…イライラ
に変わる…動物が、敵が来た…穏やかな状態では
敵にやられてしまうので 脳が攻撃モードにして
威嚇したり、攻撃するように仕向ける
…というメカニズムかなと思っています。
ですので、言葉の使い方、与え方次第で
相手…特に小学生低学年までの子供は
『その言葉に対してある種のイメージを
心に刻みつけてしまう』恐れがある…。
…言葉による『トラウマの誕生』とも
言えるのかも知れません…
ネットでの書き込みで、突然相手の態度が
変わったという経験があるかも知れませんが、
それは、今回のお話のような事が原因なのかも
知れません。
できれば、相手の表情とか言動の変化を感じれる、
五感を使ったリアルなコミュニケーションができれば、
自分の言葉の相手にとっての影響を知り、
トラブルの防止ができると思います。
そういった配慮が出来ないと「トラブル」
になる…経験で学ぶことしか出来ないのかも知れません。
こうして使ってる言葉…
書き込む時も、発言するときも、その影響は意外に重く、
大きい …と思って使いたいと思います。

