昔の友だちからライブの案内が届く。

そう言えば昨年もこの時季に案内もらって聴きに行ったのだな、

と思い出す。

他にさしたる用事も無いこの身、行ってみることにした。

 

開場時間に着いた中央線沿線の呑み屋街にある地下のハコは

想像していた以上に手狭な空間で、身の置き所も寄る辺なく、

バンドの出演順と開始予定時刻を確認して

いったん他の呑み屋に待避することにした。

 

赤提灯で鉄鍋餃子をつまみながら酎ハイをお代わりしてゆくにつれ、

だんだん億劫になってきた。

「あの空間」に戻ることが、だ。

その夜のタイバンは全3組らしいが、キャパ20数名ほどの空間は

ほぼ出演者か関係者と見られる人たちで埋まっていて、

その「昔の友だち」しか知らないオレは余所者感プンプンの異邦人なのだった。

いや、そんな事を気にする繊細な男でもないよなオレ・・・

 

で、ライブハウスに戻ると、ちょうど目当てのバンドが

セッティングとチューニングを始めているところだった。

 

一年前、観に来たライブは、縮小ユニットの公演だったので、

そのバンドのフルメンバーでのライブは初めてだった。

ドラム、ギター、サックス…

PAの按配を確認しながらととのえてゆくこの時間がけっこう好きだ。

ライブハウスならではの手作り感が伝播し、近づく本番への緊張感が高まって来る。

 

そうして、演奏が始まった。

しばし、彼女の歌声に聴き入る。

澄んでいながら、やや鼻にかかった高音が可愛らしく伸びやかに拡がる。

聴いたことのある曲だった。

一年前、彼女から買った何枚かのCDに収録されている曲だった。

一人でクルマを運転している時、思い出したように再生していたのだ。

 

愉しそうに表情豊かに唄い上げる彼女・・・

ああ、こんなに歌が好きな人だったのだなあ…と今さらながら感じ入る。

だけど、ライブハウスの照明って、もうちょっと何とかならんのかな。

強力なダウンライトだけで照らされた彼女の顔の陰影は

それなりの年輪を明瞭に晒してしまい、

オレと同い年の彼女の年齢をはからずも感じさせてしまうものとなる。

 

30年ほども前のことだ。

オレは彼女と付き合っていた。

ちょっとの間のことだけど。

一緒に南の島に行った眩しい想い出もある。

夏の太陽の様に自ら輝きを放つひと。

オレにとっては人生で一番焦がれる様に憧れた女性だったのに、

オレの不義理で付き合いは解消されてしまった・・・。

 

30年ほど何の連絡も取り合ってなかったのだが、

スマホにLINEアプリをダウンロードした際、ノーガードに公開してしまい、

互いにケータイの番号が変わってなかったものだから「知り合いかも」にリストされ、

数年前、共通の恩師の逝去の報を知らせる時に思い切って連絡して繋がったのだ。

 

一年前のライブの時は、オレも1週間の宮古島旅行後でテンション上げ上げで、

沖縄好きの彼女に会いたい!とノー天気にライブハウスに足を運んだのだ。

 

でも、もう今夜限りでいいのかな。

…そう想った。

 

実は、ライブ当日は彼女の誕生日で、その日のお昼ごろまでは、

「花束でも買って行くか~」と思っていた。

それが夕刻になるにつれ、いや、待てよ、とブレーキがかかった。

彼女のプライベートのことは何も訊いていない。が、

おそらく子供はいないのだろう。

名乗っている苗字は昔のままだが、結婚していないとしても

付き合っている人が居て何ら不思議ではない。

そしてそれはバンドメンバーの誰かなのかもしれない…

そんな連想に至ると「花を贈る」という行為が

不要な波風を立ててしまうスタンドプレーになってしまうかも…と

思えて来たのだった。

そしてその判断は間違ってなかった、と、想う・・・

 

憧れのあのひとが、

幸せそうに愉しそうに歌を唄っている。

今も。

 

その姿を遠くから確認できただけで、オレはその有り難さに感謝する。

今の彼女の日常に関わってゆく気はまったく無いのだ。

終わったこと、は、終わらせておかねばならない。

 

おおらかで無邪気なとこがある彼女は、また

次のライブが決まったら案内をよこしてくれるのだろう。

でも、もう、いいかな。

と思う一方で、

行った事がバレないように観に行くのならいいか、とも、想っているのです・・・