今週、雑居ビルの一角にある我が社の手狭なエントランスが

花の香りに包まれていた。

溢れ返らんばかりの胡蝶蘭、ほか、モリモリの花籠…。

週明け早々の「役員会議」で、正式に社長の交代が承認されたという。

新任の社長は親会社の肝煎りで送り込まれた40代の風来坊。

前任の、私の1学年下のプロパ社長は、

還暦を前にして我が社を去ることになった。

 

人事往来。

 

1つ年下の社長とは、決して仲が良かった訳ではなく、

いや、むしろ疎まれたり、敬遠されたり、パージされたり、

(と並び立てるとけっこう酷いな)

意気通じるところは、あまり無かったのが事実だ。

…が、社業が思わしなく下降曲線を辿る過程の中で、

決然と、嫌われ者になることを厭わず立て直した彼の手腕を

誰よりも高く評価していた者の中の一人が私だったと思っている。

 

何より、彼の最大の功績は、彼のその前の社長時代に譲渡された最悪の

ハゲタカ株主傘下から、新株主に渡りを付けた事だった。

新しい親会社は社業的にも大いにシナジーが見込まれ、

子会社に対するリスペクトも持っている、エンジェル株主の様に見えた。

「ナイス社長!」彼のファインプレーを、私は褒め称えていた。

もっとも、彼の居ないところでだが。

 

しかしながら、ここ2年ばかりの我が社の業績、おもわしくなく、

その株主・親会社からの圧力で彼は、解任、という皮肉な結末になってしまった。

思っていた以上に厳しい現実。

株主資本主義。

上場している親会社とて、株主総会で「この赤字子会社に施策はないのか?」

と詰め寄られたら、黒字転換へのビジョンを示さねばならない。

相似形の構造の中で、彼は去ってゆく事になったのだ・・・

 

生々流転。

諸行無常。

 

彼に対して恨みつらみが有る訳ではなく、

かといって振り返って感謝を偲ぶようなエピソードがある訳でもないのだが、

彼の退社を実に残念に思っている。

 

現場と経営の乖離。

 

いや、新社長もそりゃ現場の状況を深く理解しようと、

ヒアリングを丁寧に重ねていたりはするが、

所詮マネジメント目線のものでしかなかったりする。

現場で叩き上げられた「想い」とは、血の通い方が違うのだよね。やはり。

それも詮無いことか…、と諦念老人は眺めているが、

残念なのは、我が後輩たちを俯瞰して観るにつけ、

落下傘社長を凌いで「次は彼だ!」と期待できる存在が見当たらない事なのだ。

 

現業・現場と経営はますます分離し、

当面しばらくの間は、その構図が続いてゆきそうな見通ししか立たない。

同じ釜の飯を食って育った、という戦友意識…

若い頃からの酸いや甘い、長所短所を併せ吞んだ上で支え合う人間臭さ…

おらが大将を盛り立てるそ!

そういった昭和チックなエモーショナリティはどんどん削除され、

「会社の仕事」はクールに数値化されてゆく…

 

あ、今さら、そんなこと言ってんの?

って声がどこかから聴こえた気がした。

そーだよな、オーナー社長創業の中小企業だから昭和な社風が残ってただけで、

大半の上場大企業に勤める皆さんは、とっくにクールに割り切ってるんだよな…

 

と、わかっちゃいるが、

労使一体の「日本型経営」の気風で持ちこたえていた中小企業にまで、

株主資本主義はじわじわ確実にゆき渡ってきている現実を言いたいのですよ。

「会社」は「労働」と「対価」の場でしかなくなり、

味気なく、「居甲斐」の無い、ジョブマーケットに成り下がって来てるのだよね。

こんな小さな我が社までもが。。。

 

それが、令和日本の現実。

「参加意識」「帰属意識」は、会社以外に求めるべき時代なのかもしれない。

 

んんん…「それ」はいったい何なんだろうね・・・