幼少期、いとこのTくんのことが羨ましくてならなかった。

 

Tくんのうちは、私の母の実家なのだが、その当時、商売繁盛の隆盛を極めていた。

一代で商売を軌道に乗せた我が外祖父が逝去したのは、

私が小学校低学年の頃だったと記憶するが、

その商売を継いだ二代目の伯父も順調に稼業を発展させ、

地元商工会でも有力な名士として意気軒昂に振る舞っていた様に見えた。

海っぺりの田舎町の話なんだけどね。

 

Tくんのうちに行くと、何でもあった。

洋間にはアップライトのピアノがあり、

ルノワールの「ピアノを弾く少女たち」の複製画が飾られてあった。

スピーカーがどでかいステレオの脇にはオープンリールデッキがあり、

カラーテレビのブラウン管は、我が家の1.5倍くらいはあったのではないか。

 

Tくんのうちは、とにかく色んな人が立ち寄ってくる家だったのだが、

訪ねるたび、見たこともないようなご馳走が振る舞われた。

田舎の大皿料理だ。

どこから箸をつけていいものやら分からず困った記憶がある。

 

Tくんは、いつもご機嫌でおおらかな少年だった。

おもちゃ箱にはふんだんに最新の玩具が溢れ返っていて、

その中から「好きなもの持ってっていいよ」と、私に気前よく分け与えてくれた。

ウルトラマンの人形(今で言えばフィギアね)を貰った記憶が残っている。

1つ年下のいとこから「お下がり」をいただいていた訳だ。

欲しい物が何でも手に入るTくんのことが羨ましくてならなかった。

が、親しく行き来していたのは小学校くらいまでのこと…。

なので、これ以降のことは主に伝え聞いた話となる。

 

Tくんは、その後、大学に進学し、家業につながる業界の会社に就職し、

数年の修業を経て、実家に戻って来た。

さあ、三代目としての継承ロードだ。

商工会青年部にも加入し、我が街を盛り上げるぞ~と前途洋々

さぞかし気勢を上げていた様子であった。

 

ところが1998年の、いわゆる「大店法」で、風向きが変わってしまう。

モータリゼーションも重なり、消費者の動性が全く変わってしまったのだ。

市内唯一の百貨店は倒産し、アーケード商店街は閑古鳥、

ロードサイトの大手資本量販店ばかりに買い物客が集まる様になり、

昔ながらの義理と人情より「1円でも安く」の方が求心力を高めてしまった。

 

その趨勢に、Tくんも乗っかろうとした。

あるCVSチェーンとフランチャイズ契約を結び、多角化、多時間化を図ったのだ。

寝る間も惜しまずTくんは奮闘し、ようやく光明が見えたかの矢先、

百メートルほど先の交差点に、10台分以上の駐車場を備えた大手CVSが出店し、

そこからパタリと客足は止まってしまった。

CVS路線の選択は、大手マーケティングの波に吞み込まれてしまったのだ。

 

その後もTくんの悲運は続いた。

結婚した相手とうまくゆかず莫大な慰謝料を請求されたり、

二代目の伯父が衰えてゆくにしたがって顧客が離れて行ったり、

ロードサイトの量販店は増えてゆくばかりで・・・

 

そうして、数年前、伯父は他界した。

伯父の生きてるうちは…と踏ん張っていたTくんも、ここで観念した。

 

廃業。

 

コロナのあれやこれやで帰省をはばかっていたが、

ようやく伯父の仏前に線香を上げる機会を得て、久しぶりにTくんに会う。

住居兼店舗1Fのウィンドウに「貸店舗・貸事務所」の貼り紙が張られているが、

その紙が日焼けしているのが悲しくなる。

 

Tくん、さぞかし落ち込んでいることだろう。

廃業に伴う負債は半端ないものであったと伝え聞く。

何と声を掛ければ良いものか・・・

 

ところが、ところが、

あにはからんやTくん、めちゃくちゃめちゃくちゃ明るいのであった。

今現在は2つのアルバイトを掛け持ちこなしていると言うが、

その1つは近隣のCVS(因縁の店ではない)の深夜番。

それがけっこう楽勝だし、バイト料高くてありがたくてね~、

賞味期限切れの食べ物もらえたりして助かってんだよね~

と、笑いながら話してくれる。

もう一つのバイトとは時間帯が真逆なのでその調整が大変なんだよ~

と、面白がっているようでさえある。

グラスを傾け能弁に語るTくんに、

「それ、何飲んでんの?」と訊くと

「クロキリ!」(芋焼酎・黒霧島)と破顔。

 

Tくんに襲いかかって来た事態はヘビーで深刻だったに間違いないのだが、

それを恨むことなく従容と受け入れる姿勢が、彼にはあった。

夜勤までの仮眠のために呑んで寝るんだと、黒霧ロックを傾けるTくんは

実に幸せそうで、おおらかで、ご機嫌であった。

そう、昔日とまったく同じ笑顔で。。。

 

いとこ・Tくんの姿勢に、達人の極意を見せられたような気がした。

苦難なんて屁でもないのだ。

嘆きも恨みも愚痴も、一切無い。

達観。胆力。肝が据わっている。

この齢でバイトとして使われる心中いくばくかと憂慮していた私が浅墓だった。

 

がんばれ、Tくん。。。