愛媛県埋文センターは興味ある調査をしてるね | しもちゃんのブログ

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これは儀礼に関わる遺構の話。


弥生時代の儀礼と言えば、通常埋葬儀礼、農耕儀礼などが主に取り上げられるが、それだけか。


住まいや倉庫などを廃棄する場合も丁寧に儀礼を行っていることも大事だよ。通常天神にばかり眼が向けられるが、地神への信仰も確かに存在するのだ。


それは廃屋儀礼として見られる。

竪穴住居址の場合は、竪穴内にガラス玉、紡錘車、破砕土器などを納めて地神を祀り、地神に感謝するのだ。時には竪穴住居の上屋構造(垂木や小舞など)を燃やす。よく住居構造物の燃えかすが残ると焼失住居と言って失火かなにかで燃えてしまったように考えているがこれは間違い。


そのことはすでに十数年前、九州考古学において宮内氏が指摘しているのだが、その場合、焼失住居であれば残るべき主柱穴内に炭化柱痕は残っていないのが特徴。


掘立柱建物にも廃屋儀礼が認められる。それは柱穴を引っこ抜いたあとに残る空洞に破砕土器やミニチュア土器を納めるのである。これは松山市文京遺跡などに典型的にみられるが、、竪穴住居址の柱穴内に同様の現象が見られることもある。


ところがさらに面白いのは愛媛県埋文センターが調査した今治市朝倉地方の弥生遺跡では上記のような掘立柱建物の柱痕のあとだけでなく、柱の堀方全体に土器奉献が認められるというのだ。何ともご丁寧なことで、ウーンと唸るよね。


天神、地神といった自然伸に対する関心は全国的に薄く、積極的に報告されることはほとんどない。先記のような埋葬や農耕と言った人間社会に関わるおとへの高いが、天然自然への信仰がまだまだ高い時代が弥生時代であることも承知しようじゃないか。その点、愛媛県内はいろいろ資料をもっているのだから、もっと大事にしよう。


この写真も前記とはことなる今治朝倉地方の弥生中期前から中の集落関連遺跡。愛媛県埋文センターの調査。向こうに廣い土器だまりがあって、手前に小形の住居跡が一棟ぽつんとある。これらが、祭儀的性格をもっているかどうかは、これからの進行しだいでまだ判らない。これからが楽しみだ。


話は変わるが遺跡の現地説明会って、調査が終わり、遺物も何も取り上げてから行うことが多いよね。いってみれば破壊や埋め戻し寸前のカスを見せているのと同じだから、先へのワクワクする期待が興らないな。一般にも公開しましたという行政のアリバイのため、儀式的やってるとしか思えない。そうではなくて、まだ答えがでていないが、予想される課題を明確にし、遺物も残っている段階に現説をやるとてそれからの期待感も高まって、いかほど効果が高まることだろうか。


もちろんそのことが如何に大変なことかはよく判っている。遺物盗難の心配もしなければならないしね。でもこの文化財状況後退の局面において眞のサービスと支持拡大がいかに大事かは重々腹に収めておかないと、妙な首長があらわれるとツブされるよ。


どこかの大學の調査室のように自分で転けて(サボったため)危機を招いているところもあるしね、状態はよくない。そのくせ危機感はもってない。

すいません、予定の写真はMBが大きすぎて駄目でした。