昨日は競作となった「矢切の渡し」の話を書いた。
競作とは、同じ曲をレコード会社各社から一斉に発売することをいう。
かつては、作詩家、作曲家ともにレコード会社との間で専属契約を結んでいたことからも同じ曲をレコード会社が競いあって発売することは稀なことであった。
戦前期でもっとも代表的な各社競作といえば、昭和13年に発売された「愛国行進曲」であろう。
これは、政府が国歌「君が代」に続く第二の国歌を制定すべく作詩、作曲を一般公募。
当選としては、軍艦マーチの作曲家で明治からの軍楽隊の長老・瀬戸口藤吉が最後のご奉公として作曲されたものが撰ばれた。
レコード会社各社から一斉に発売され合計で100万枚の大ヒットになった、と言われている。
その後、「愛馬進軍歌」、「紀元2600年」など…戦意高揚を意識的にした作品が各社競作となっている。
戦後では、「東京五輪音頭」が国家的な行事を祝して各社競作となってはいるが…。
こうした国家的なもの以外でレコード会社各社競作となったものは「矢切の渡し」、「浪花節だよ人生は」くらいであろうか。
勿論、リメークやらリバイバルを別として…2曲とも細川たかしの盤が抜きに出ているのが余計に印象的である…。