緊張しないコツ

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緊張しないコツ。


緊張していると言うことは、練習して、失敗したくないと思っていると言うこと。


自分がやるべき課題に、向き合っている証拠。


緊張しないコツは、つまり、適当にやって、適当に終わらせたら良い。緊張しないし、誰も貴方の取り組むソレに、関心を示さない。


…果たして、価値があるのだろうか?


…。


悲しい時に涙を流さないコツ、


苦しい時に苦しまないコツ、


嬉しい時に喜ばないコツ、


苛立つ時に怒らないコツ…ま、これは対応次第でどうにかなるけれども


…。


緊張していると言うことは、素晴らしいこと。


必ず結果に結びつく。


結果と言うのは今その瞬間ではなく、遥か遠く、でも、それ程遠くない未来。


報われない努力はない、報われなかったとしたら、それは努力が足りなかったということ。


自己満足な自己肯定感なんて、どうでも良い。誰かの評価なんて、どうでも良い。他の人には好きなことを言わせておけばよい。私の視界から消えるその日まで。


今この瞬間は、毎日の積み重ねの結果なのだ。


『 緊張しないコツ 』


どんどん緊張したら良い、緊張しなくなったら終わり。


初心忘れるべからず。


…などと。






一番好きな季節といえば 

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小学校では新年度の始業式。


新しい先生たちと、綺麗な制服に身を固めた児童、それぞれの学年で集合写真を撮る。


その写真がすり上がり、学級だよりとして、各家に配布される。

1年生から順に見ていく、なるほど皆良い顔をしている。先生の緊張した感じが初々しい。

そして下娘のクラス。

全員がマスクを外して取っている。ま、インフルエンザ流行中とはいえ、この瞬間くらいは、ね。


が、  

そんな中、下娘だけマスクをつけている。

これはネフローゼ症候群の治療経過に伴う仮面様顔貌を隠すためのもの。

下娘は花粉のせいにしてマスクをつけているが、実際は違う。


顔の腫れが強い日は、学校に行きたくないと泣き叫ぶ。  


今もステロイド+免疫抑制剤内服中。

…。


そして、上娘のクラス。やはり、全員がマスクをしていない。


そんな中、上娘だけはマスクをつけている。


…うん?


私は聞いた。


私『 なぁ、うー( 上娘 )、お前マスク外せばよかったじゃないか?みんなしてないだろ。花粉症ひどかったか? 』

上娘『 しーちゃんがマスク外せないでしょ?だからいいの。 』

…そうか。


上娘は、目立つことを嫌う。周りがしていることに、比較的合わせていくタイプ。周りと違うことをして、目立つことを嫌うタイプだった。


マスクをつけたまま写真を撮るのは抵抗があっただろう。先生からも、同級生からも 『 マスク外さないの? 』と、言われたことだろう。


マスクを外さないのは、マスクを外せない下娘への配慮。


…。

家では喧嘩ばかりしてるけど、否、喧嘩しかしていないけど、


いいお姉さんになったな。

そう思った。

上娘も花粉症だが、最近はアレルギー薬を飲むようになって、今は症状は抑えられている。

言っても私も花粉症。通常ならば、この時期は鼻水やくしゃみにうんざりする時期だが、


私はこの季節が、好きになった。


皆様にとって良い一年でありますように、


などと。







Yahoo記事より。

詳細は割愛する。

この事件について、様々な憶測が飛び交い、いずれ、その憶測は一つの答えに行き着く。

家族の誰かではないか?と。

…。

事件が発覚したあと、近所を捜索し、予測される可能性を考え人員を投入し捜索する。

いずれ、

見つからなければ、無情にも捜索は中断される。

世間の関心は『 見つからない。 』と言う事実から、犯人像へと移行する。

『 どんな奴だ、誰だ? 』と。

通り魔、愉快犯、精神障害者、地域の人間、学校の職員、誰かの親、

そして、家族。

…。

私は思う。

素人が考えて行き着く答えを、警察職員を含めて、その手のプロが判断できない筈はない。

防犯カメラなどの確認は、それこそ、それらの専門職が確認する。

関係者への聴取もしかり、地域の方への聞き込みもしかり。

その上で未だに何かを捜索している?

あまりにも時間が、かかりすぎではないか。

…。

これだけ捜査技術の精度が上がる中で、時間がかかる理由があるとするならば、

捜査関係者が全員ポンコツか、

或いは、

別の理由がある…か。

…。

何とも表現し難い違和感がある中で、

私は思う。

警察は、何よりもメンツを重んじる職業。…※主観です。何が何でも事件を解決させようとするのが警察。例え、情報を改ざん、捏造したとしても。犯人の替え玉を用意してでも。※例え、です。

この騒動、

何か、別の理由がある、と。…メンツよりも優先しなければならない何か。

…。

解決したら、情報は公開されるとは思うが、

このご時世、情報などはどうにでもなる。情報操作、印象操作も含めて。

捜索対象は、人ではなく、場所…なのか?

或いは、別の誰か、或いは別の何か、なのか?

…などと。

個人的に、以前の〇〇〇〇事件は捏造されたものだと確信している。公開された事実が矛盾だらけで、その時間に、その犯行を行うことは不可能。私は、その犯人とも対峙しているが、強烈な違和感があった。…これが人を〇めた人…?いや、恐らく違う。その人は、死刑になった。…とされている。…この思考は我ながら病的だが、妄想は、自身を苦しめなければ、或いは他者に迷惑をかけなければ許容されるもの。※主観です。

私が見ている現実は、リアルか、作られた情報か。 

興味本位ではなく、一刻も早い解決を願う。

…事件の解決とは。

…などと。






あったら嬉しい福利厚生 

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職員に対して、


感情論は持ち出さず、厳しい時には厳しい、褒める時にはしっかりと評価してくれる、


そんな指導をする管理職には手厚い報酬を。


適切な教育をした職員には適切な報酬を。


そんな福利厚生があれば、 職場は活気が溢れ士気が向上する。


良い環境は、良い職員を育て、職員の質を上げ、人を呼ぶ。


そんな福利厚生があれば嬉しいのだろうなと、


無い物ねだりの私が居る。


…などと。







 

健康でいるための心がけ

 

Ameba健康部

 

健康でいるための心がけと言うと、

 

健康であることがまるで、良いように思わないか。…ああ、素直に喜べば良いものを。なんという認知の歪みな私。

 

何か病気を持つことが、

 

まるで、

 

不幸にでもあるかのように思わないだろうか。…幼少の頃、1型糖尿病と言われた時は、理由もわからずに泣いたのを、今も鮮明に覚えている。罪悪感とか親への憎しみとか、この先の不安とかではなく、ただ、ただ、あふれ出す悲しみ涙。

 

…。

 

一病息災という言葉もある。…病を患うことで、健康に関心を持つ。関心を持つことで、その人は健康で居られる。つまりは、牛乳を飲む人よりも、牛乳を配達する人の方が健康であるということ…少し違うか。

 

以下Wikipediaより。

健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態を指し、単に病気や虚弱でないことだけではない。この定義は世界保健機関(WHO)が1948年に示し、現在も広く使われている。…文中の『 完全に良好な状態 』がひっかかるなぁ。完全とは、何だよ。何にとって、誰にとって完全なのよ、WHO…などと。


何を以て健康とするか。

 

高血圧、糖尿病、肥満、動脈硬化、脳梗塞…。

 

発達障害、パーソナリティ障害、統合失調症、双極性障害、認知症…。

 

部下ガチャ、上司ガチャ、親ガチャ、子供ガチャ…。

 

世には病気が溢れている。

 

果ては、地位、名誉、資産、貯金などなど…心を病む原因は多岐に渡る。


…。

 

仮に、

 

全く病気がない状態を健康とするなら、

 

その人は常に、

 

何らかの病気になる可能性を秘めているということ。…伸びしろがありすぎてむしろ?病気てはないことで、病気になる可能性に怯える。それは、健康と言えるのか。あぁ、認知の歪みな私。

 

…。

 

以前、

 

私が整形外科病棟で勤務していた時代、

 

手の手術をした患者様が、足の手術をした患者様を見て、 


『 良いなぁ、あの人、怪我したのが足で。 』と言い、

 

同時期に、

 

足の手術をした患者様が、手の手術をした患者様を見て、 


『 良いなぁ、あの人。歩けるなら不自由無さそうで。 』と、

 

私に話をしていたのが、今も記憶に残っている。

 

誰かの苦しみは、誰にも分からない。

 

きっと、そういうことなのだろう。


目が見える人は、見えるという幸せに気づかない。…糖尿病性網膜症の増悪で失明した経験を持つ私は、それを痛感している。あの時の絶望たるや否や。…失明とは、闇にあらず…。

 

…。

 

安全、安心、基本的人権の尊重を重んじる社会において、我々の将来は、何一つ保証されていない。

 

…。

 

1型糖尿病の既往を持ち、日々の血糖値、受診日のHbA1cの値に一喜一憂し、都心から地方に移り住み、給料は半分以下になり、欲しい物も買えず、


家では娘二人、妻に虐げられ、毎日職場と家の往復、どこかに出かければいつも運転、気が付けば隣か後部座席でみんな熟睡している。


更には職場からのパワハラを受け続け、あまつさえ、職場を公益通報の舞台にしようとし、公益通報のストレスで夜は眠れず、誰にも相談せず、孤軍奮闘な私は思う。

 

…。

 

私は、

 

健康である、と。


…。

 

私は思う。

 

私は、

 

イカれている…!と。

 

…。

 

私の、

 

健康である為の心がけ、

 

それは、

 

信念を貫くこと。

 

…。

 

誰もがそうであれたら、誰もが健康で居れる。

 

不健康にしているのは、

 

一体何だろう。

 

…。

 

自由とは、何でも出来ること、何をやっても許されることではなく、

 

譲れないものをただ一つ、持つ事が許されること。

 
私は健康なのだろうか?

と、考えられるだけで、それは健康なのです。

などと。

 

 

 

 

 

 

 


お金がかからない美容法

 

Ameba美容部

綺麗な人は綺麗で良い。そうなりたいと思うのは仕方がない。


美への追求は女性、男性の憧れであり、求めることは悪いことではない。…MEN'S TBCのCMを観た時は度肝を抜かれた若かりし頃。 …男が美しさを求めるとかは、木村拓哉氏の特権だろ!!

 

芸能人で言うと、鈴木その子氏。初めて見た時はびっくりした。…美白…?美白と言うか肌を白く塗っただけじゃないか。鉄拳氏とか、ゴールデンボンバーのダルビッシュ氏とか、ゴージャス★氏と何が違うのだろう…。※主観です。


MATT氏…いや…もう絶句としか。美輪明宏氏…。いや、もう。


…。


妻と娘達はスノウマンに大ハマり中。家ではバラエティ、車内ではスノウマンメドレー…私はどうやら9人全員の愛称を覚えてしまった。反復は大事だなぁ…。…何気にさっくんのお風呂の歌とかwhat syour colorとかの歌がお気に入りだったりする。目黒蓮、頑張れッ!! 

 

私は言う。


私『 例えばな、父ちゃんが目黒蓮だったらどうする? 』


娘『 えー、嬉しい!嬉しすぎる! 』


私『 じゃあな、例えば父ちゃんが目黒蓮で、お前たちが帰ってきたらお帰りぃって言われて、ご飯の時に一緒に食べて、風呂も一緒に入って、髪乾かして、寝る時も一緒。朝起きたらおはようって言われるの、どう? もう、ずっと目黒蓮。気が休まらなくないか? 』


娘『 …うん…無理…かな。 』


私『 だからな、お前たちは父ちゃんが大好きということだぞ。 』


妻『 いや、それは違う。スノウマンは別物だから。 』


…そんな、やりとりをしている。


綺麗、美しいは人それぞれ。…人それぞれなのだよ。


例えば女性。美容整形にガンガンお金をかけて、 『 以前はこうでした。 』と元の顔を見る時、


一切の忖度無しで、いや…そのままで良いのに、と思うことが多々ある。今の顔は確かに良いかも知れないが、過去の顔は、変えないといけない程の顔でもなくないか…と。


ライザップは流石に凄いとは思うが、あそこに辿り着くまでの揺るぎない努力たるや否や…。 

 


例えば90歳を超えるご年配の女性患者様。


やせて、褥瘡が出来て、拘縮も強く、入れ歯も合わず…なのに、お胸だけはご立派…胸部レントゲンの時には白く写り込む…うーん。


ま、そこは多感な時期、否定はしない。否定はしない…が。多分そうなりたいと思う衝動、状況があるとは思うのだが。いざとなったら変えられる訳だし。


①美容整形にお金をかけて、綺麗な人と、


②信念を持ち、自身のやりたいことを追い続ける人、


どちらに魅力を感じるだろうか。その場ならば、前者なのだろう。それは、自分の為ではなく、人の為。


その上で、


①美容整形にお金をかける人、


②美容整形にお金をかけない人、


どちらに魅力を感じるだろうか。


うーん。


①美容整形後に手に入れた関係性、


②昔の自分を知る人との関係性、


どちらが…。難しい問題だよな。


瞬間的な変化、それは、その場限りであって、長くは続かない。


大好きな人の前でばっちりメイクをした人も、共に朝を迎えたら、飾り気のない人なのだ。…それでも良いよと言う人の前で、着飾る必要はなくなる矛盾。


貴方は大好きな人の前で、大切な人の前で、着飾り続けて、生きていくのですか。


それは、大好きな人ですか?大切な人ですか?


それは普通だから、社会性だからと人は言う。…それを言えば、信念を貫けない自分自身が正当化されるから。自分が夢中になる何かの理由を、他の何かに責任転嫁することで、自分が救われる。


シミが出来た所で、毛髪が少なくなった所で、それは誰にでも訪れる退行性変化であって…うーん。


私は、見た目がイケメンではない、 …が、イケメンを見たら、『 おっ!あの人もてるのだろうな! 』とは思うが、うらやましいとか、そうなりたいとは思わない。


認知の歪みだろうか。ただの甲斐性無し?…それさえも人には好きな事を言わせておけば良いと思う。


お金のかからない美容法、それは、


今、この瞬間を全力で生きること。…私は思う。相変わらず、ぶっ壊れてやがる。


タイムイズマネー。


お金をかけて手に入れたものは、いずれ時間と共に、自分のもとを離れていく。


反して、時間をかけて積み重ねたものは、自分自身をより確かな場所へと導いてくれる。


豪華絢爛な装飾、異性をはべらせ、権力に媚びる人間は、ガラスの靴を履いたシンデレラには敵わない。…そんな、感じだ。


…。


知識と経験は誰にも奪われない財産である。


誰かと比べて自分が劣っていることは問題ではない。ただ、一年前の自分と比べて、今の自分が劣っていたとしたら、考えなくてはならない。…そんな、感じだ。ただ、そんなことはあり得ない。積み重ねた時間は、絶対に、裏切らない。


周りには好きなことを言わせておけばよい。自分の信念が確立してしまうと、実は外見などどうでも良くなったりする。


私は、自身の信念を貫く。


それができるなら、周りの意見や、近づいてくる人、ご機嫌をとってくる人は、特に重要ではない。


波長の合わない人は、いずれ居なくなるし、波長の合う人は、味方にはならないまでも、離れないでいてくれる。


人は、見られていると綺麗になろうとして、外見が研ぎ澄まされていくと言う。人目を気にせず、自身を磨き続ける貴方を、誰かはきっと見ていてくれる。…私の承認欲求なのだろうか。むしろ、それでも良い。


最後に残る人は誰か。誰であれ、何人であれ、その時の私は満たされていると思う。


…などと。







子供の頃〇〇して褒められた

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それは知能検査。


それなりに良い点数がとれたらしく、親は、それはそれは喜んでいた。


私は幼少の頃、恐らく発達障害特性があったのだと思う。…今もそうなのだが。先生の話は聞かず、授業中もお構いなしで動き回り、注意されても同じことを繰り返す、いわゆる多動、ADHD。


得意な教科は図工。


自分ながらに集中力はあったと思うが、持続しない。たぶん、知能検査はそこに反応したのだろう。


いわゆる、熱しやすく冷めやすいと言われていた典型的なO型だった。


冷めやすいのではなく、集中の度が過ぎて、短時間でやりきって、満たされてしまう。飽きっぽいのではなく、飽きるまでの時間がとてつもなく早い。…ま、それを飽きっぽいと言うのだが…表現しがたいな、自分のこととは言え。


周りとしては、少ししかやっていない様に思えても、本人の中では既に終わってしまっているのだ。…難しいのだが、そんな感じだった。


学校の先生からは、三者面談の度に『 やれば出来る子なんですよ。 』と、延々と言われ続けていた、らしい。※母親談。


…。


やれば出来る子と言われ続けた私は、結局やらないまま学校生活を終えた。母親は私のやりたい放題、好き放題に、最早愛想をつかし、放置していた。


…通知表の5とか、未知の数字だったなぁ。授業とか勉強は嫌いだった。小学三年生以降、宿題をまともにやった記憶がない。


今思えば、何らかの生きづらさを感じながらも何とかやる中で、1型糖尿病を発症して、養護学校に通いだしてから、何かが変わっていった様な感じはする。


そんな私も今では、


看護学生に指導し、委員会では講釈を述べ、事務方や看護部長を相手にド正論を突きつけ、論破する…。


あの時の私に教えてあげたい。


そのままでいいよ、そのままでいけよ、と。


…などと。





【 患者様紹介 】

田中 半兵衛様(仮名 )80代男性、アルツハイマー型認知症。日中は車イスベルトを装着し過ごす。介入を困難としている要因に、前立腺肥大症に伴う尿意切迫、そして強度難聴。


今日の担当は、芋畑 堀子看護師( 看護師歴40年オーバーのベテラン )。


ホールで過ごす患者様に話しかけている様子。


芋畑看護師『 田中さん、田中さーん、あれ?おかしいなぁ、私の声、高い筈なんだけどなぁ。 』


田中氏『 ん?わし、耳遠いんやー。ごめんなー。 』


芋畑看護師『 田中さん、田中さーん。聞こえてるー?あのー、今日の検査ねー? 』


…。


患者様、ガン無視。というか、多分聴こえていない。


なぜならば、老人性( 加齢性 )難聴は高域の音が聴こえにくくなる病態。


以下コピー文書です。

うん、間違いないな。多分、国家試験にも出てる…のか?


なので、意図的に低い声で話しかけるのがセオリー…なのに。


…。


ホールで響き渡る悲しいやりとり。この看護師はこんな人、そんなレッテルを貼られた看護師は、もはや誰からの注意を受けることなく、恥をさらし続ける。…私は社会人経験の中途採用者。注意できるはずもなく。


何よりも悲しいのは、本人がそのことに気づいていない。


知識と学びは、誰にも奪われない財産である。


…などと。




 

行ってみたいテーマパーク 

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上記のテーマに沿って。


私には行ってみたいテーマパークがある。


それは、


東京ディズニーランド、ユニバーサルスタジオジャパン、富士急ハイランド、ハウステンボス、ナガシマスパーランド、…違うそうじゃない。

 

そこは、今もっとも話題性のあるテーマパーク、人気のアトラクションが揃っている。


しかも、待ち時間はゼロ、チケット代は無料、スタッフは過剰なくらい親切で、プライスレスな笑顔と細部のディテールに至る気配りが標準装備…文句のつけようがなく、理屈の上では、完璧だ。


けれど不思議なことに、私はそのテーマパークに強く惹かれない、むしろ、誰も。


私が惹かれるのはむしろ、入場前から長蛇の列ができ、炎天下で二時間待ち、チケット代も決して安くない場所…なん…だとう…。


たとえば、東京ディズニーランドの方が『 行きたい 』と感じてしまう。※決して東京ディズニーランドが、入場料が高くて、炎天下で待たされて、割に合わないと言っている訳ではありません。


考えてみればおかしな話だ。


楽をするために、癒されるために、楽しむための場所なのに、なぜ人は苦労を体験しに行くのか。


なぜ『 並ばなくていい。 』は魅力を失い、


『 並ばなければならない。 』に価値を見いだすのか。


例えばラーメン店。


『 席は十分に確保され、店員のパフォーマンスも高く、行列の心配がない人気のラーメン店 』より、


『 店主は頑固、店員はクセが強く、並んでいてもスープが無くなったら食べられないラーメン店 』の方に魅力を感じるのではないだろうか。


例えば地元で有名な食堂のネーミング、


『 満腹食堂 』より、


『 食中毒食堂 』の方が、魅力を感じるのは何故だろうか。※主観です。


…。


たぶん、人はアトラクションそのものよりも、『 そこに辿り着くまでの過程 』を重んじている。


待ち時間は退屈ではなく、期待を熟成させるスパイスだ。


公衆トイレにギリギリに差し迫った状況で駆け込んだがどれも使用中…たまらない、ゾクゾクする。


支払いをしようとして財布を見たら残り1円が足りない。バッグの中を必死で探すあの感じ…たまらない。


長い階段を昇った先に見えるのは、更に先の見えない階段…高まる衝動、それはデザイア。

 

行列は不便ではなく、


『 これは特別な体験なのだ。 』と自分に言い聞かせるための儀式なのかもしれない。…アダムとイヴはリンゴを食べたかったから食べたのではなく、禁じられていたから食べた…そんな…感じだ。トイレは差し迫った時に使うと有り難さを感じ、通常時には座るものと化す…そんな、感じだ。


もし全てが無料で、誰も並ばず、いつでも乗れるなら、その体験は思い出ではなく消耗品になる。


『 何故、苦労をしないのにその場所に行かなくてはならないのか。 』…と。…我ながら、何という認知の歪み。


私は関東に居たころ、スカイツリーには8回、JRA( 東府中。電車で一駅。 )には週1回、山手線界隈( 浅草、上野、ギロッポンなどなど )にはそれなりに行っていたが、最早楽しみではなくなっていた。スカイツリーは、スカイツリーでしかなく、観光地は『 そこにあるもの 』でしかないのだ。…観光地は、遠きにありて思うもの。


苦労のない喜びは、驚くほど軽い。『 せっかく並んだんだから楽しかったはずだ。 』という、自己暗示込みで完成する満足感…満たされなかったことが、満たされる。或いは、満たされなかったことで、満たされる。


それもまた、テーマパークの重要な演出なのだ。※主観です。


人は言う、『 楽しかったよ、でも、沢山人が並んで乗るまでに時間がかかった。 』『 あの店の料理、美味しかった。でも、高かったし、待たされた。 』…なぜ、楽しかった思い出だけを、話さないのだろう。


私は思う。これが、テーマパークの操作性なのだと。※違います。


人は、良い思い出よりも、嫌な思い出が深く刻み込まれるという性質を持つ。…やった後の後悔よりもやらずに終わった後悔の方が辛く、重く、長い…的な感じだ。


楽しい思い出と、嫌な思い出を紐付けることで、楽しい思い出を忘れないように、或いは、より楽しい出を強化しようとでもしているのだろうか。


効率化が進み、無駄が排除される社会で、なぜか人は無駄を欲しがる。並ぶこと、待つこと、少し損をした気分になること。


ムリ、ムラ、ムダを無くそう…何を言っているんだ、欲しいものばかりじゃないか。


それらが揃った瞬間、体験は価値あるものに昇華する。


結局、人が行きたいテーマパークとは、現実からかけ離れた夢の国ではなく、納得できる不合理が細部にまで用意された場所、現実そのものなのかもしれない。


そう思いながら、今日も人は列の最後尾に立つ。理由を説明できなくても、『 それでいい。 』と感じながら。


そして、私もその中の一人。


そして、私は列に並びながら思う。


入場料がもう少し安ければ良いのに、アトラクション料金がもう少し安ければ良いのに、待ち時間なんて無ければ良いのに、家の近くにあれば良いのに。…いや、行かないよね。


逆に、


自分ご褒美に半年か1年に1回のペースで、入場料に負けじと劣らないアトラクション料金、うだる暑さの中の待ち時間中に『 ねえ、まだ乗れないのー! 』とグズる子どもたち、自由席か指定席にするかで迷いながら、値段の関係で結局自由席で、前か後ろを確保して喜ぶあの感じ。…たまらないよね。


…。


自由とは何でも出来たり、なんでも叶うことではなく、


譲れないものをただ一つ、持つことを許されること。


…などと。







幻聴に対してではなく、対看護師向けです、事前に。


精神科に限らず、医療現場は思っている以上に音が多い。


ナースコール、※ナースコールは便利ボタンではありません、緊急ボタンです。患者様『 私にとっては緊急です。 』私『 そういう気持ちなのです。 』…とは言えない…。※言っています。


モニター音、※確認しない鳴らしているだけのモニターに意味はありません。モニターをつけているのは医療安全から付けろと言われているからです。…言えない。


外線電話、物音、話し声などなど。…何故、転倒した時の音はあれ程に不快な音なのだろう。ゴンとか、グチッとかそんな感じ。最近不審電話が多い。病棟につなぐ前に、事務方の判断で止めてよ…言えない。


…。


医療現場の音、それは一方向、一種類ではなく、多方面に至る。


患者様対応をしながら、家族対応をしながら、カルテを打ちながら、カンファレンスしながら、休憩しながら、指導しながら…などなど。ヘタをすると二つ、三つが同時発生する。


状態変化や不穏がなくても、それは結果でしかなく、常に気を張る静かな消耗は確実に積み重なっていく。…ま、気の持ち方、立場によりけりでストレスは人それぞれなのだが。


集中力が落ちたとか、イライラしやすいとか、それを『 仕方がない 』、『 何も変わらない 』『 自分の弱さ 』で片付けがちになるが、実際は環境要因がかなり大きい。


そんな過酷な状況下で働く方々へ『 遮断 』ではなく『 調節 』に向けた耳栓のススメ。


耳栓というと、
・完全に音を遮る
・危険
・現場では使えない
というイメージが強い。『 あくまでも個人の空間で使う 』という認識になるのではないだろうか。


例えばこれ。 

 

でも、最近のものは少し違う。


私の愛機Loop Switch 2 は、音を消すのではなく落とす量を選べる設計。 …始めは付けた感じとか付け心地に慣れなかったけれども。

 

それは、記録に集中したい時、休憩室で頭を切り替えたい時、通勤で無駄に疲れたくない時。


 『 必要な音は残して、削られる音だけ下げる。 』


この状況は、現場感覚としてかなり現実的で実用性が高く、※主観です。

夜勤中の仮眠、夜勤明けの仮眠、夜勤明け後の職場での残務処理( ! )、記録、インシデントまとめ、休憩中に頭を一度オフにしたい時、通勤で既にHPを削られている人。※ただし、病棟内での常用や、患者様対応中の使用は当然ながら非推奨。


ただ、向かない人もいる。


音情報が重要な場面が多い人、耳栓自体がストレスになる人、全部静かにしたいタイプの人。


…。

個人的な評価。


正直、これがあれば楽になる、伝家の宝刀、必須アイテムヒャッフーみたいな話ではない。


ただ、音で削られている自覚がある人にとっては、薬でも根性論でもない、かなり無難な選択肢だと思う。※主観です。


ちなみにこのモデルは、McLaren Formula 1 Team とのコラボ。


爆音の世界で『 聞くべき音を残す 』思想が、医療現場で神経をすり減らしている人にも意外とマッチする。※私の場合は、です。


終わりに、私を含めた医療現場の方向けに、正直な主観を。


①音を消すと言う意味では、決して万能ではない。万能を求めるならイヤーマフ。イヤーマフは音を消すと言うよりは他者を近付けない防御盾にも見える。…近付いてくるなよ、みたいな。※主観です。 

 

②現場で常時使うものでもない。状況によりは可だが、そこまで囚われるなら別の方法にシフトした方が良い。休みを取るとか、頓服を飲むとか、職場を変えるとか。※大袈裟かも知れないが、これは決して他人事ではない。


でも、音にやられている人、疲れている人、音にやられそうな人、疲れそうな人には試す価値はあると思う。


大丈夫と言えば大丈夫と伝わる社会において、倒れてからでは遅い。自分を守るための環境調整として、こういうアイテムがあってもいい。 言いたいことも言えないこんな世の中なので…。 

 

仮に合わなかったとしても『 使ってみて合わなければやめればいい。 』ぐらいの気持ちで。…囚われると視野が狭くなる、新しい手段を手に入れたのに、更に自分を追い込むことになる。※聴覚の話です。


決して安い買い物ではなく、効果がないと感じる方、構造状、耳に合わない方々も勿論いると思う。それでも、自身を守る手段、自身をより高める手段、誰かを守る手段、誰かを高める手段として、このような選択肢もあるということを知る価値はある、と思う。


良ければ、ご参考までに 

 

ちなみに私は耳栓を手に入れ、ICレコーダを手に入れ、最早何処に向かっているのか分からない状態に。


寝て覚めれば、闇の中で膨大な思考が、それこそ耳栓ではどうにもならない声や音楽が頭の中で駆け巡る。


…。


『 聞くことに執着しない。 』


それが出来れば良いのだが、そうも出来ない悲しい社会の現実か…、


私は声を大にして言いたい、


『 今のままでは…社会にとっても、家族にとっても、患者様にとっても、職員にとっても、これからの医療にとっても…駄目なんだよぉぉぉッ! 』※精神科医療のお話です…でも、耳栓…でもやる。


…などと。