無愛想な偏屈おやじは、店主として失格か? | カフェ・プーランク

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「珈琲と音楽に感謝!」
自家焙煎珈琲と音楽を通じて多くの人々にやすらぎとワクワク感をご提供したいと思っております。

確かに、一般論としては失格でしょう。


ちなみに、自分自身は全くそのようなタイプではありませんが…


個人店経営関係の本にも、「お客様立場にたてないような店主は論外である」 というのうなことが書いてあります。


しかし、最近しきりに「プロ」という言葉が使われて、「プロは、そんなミスは許されない」 的な表現がそこかしこで見られます。


要は、「失敗しない」 「ある程度のレヴェルを落とさない」 それがプロ  らしい。


最近飲食のチェーン店に行っても、スタッフ全員のにこやかな写真が展示されていたり、使っている素材の生産地が書かれていたり、 「この割り箸は、環境に配慮した〇〇で作ったものです。」 なんていうのがやたら多い。 それは、まったく悪い事ではありません。それどころかいいことなのですが…


そして接客のレヴェルも非常に高いところが多い。


ただ、店を出るときに満たされた気持ちで出ることはあまりない。



※ ちなみにカフェ・プーランクでも最初期、とある人のアドバイスで、スタッフ全員のにこやかな写真をイーゼルに掲示していたことがあります。(笑)


ただ、そういったことが店の本当の信念、方針というよりも、「客を集めるために…」というのが何となく出てしまい、しかもほとんどの店が、同じような手法を使っているので、(こういったことは、「繁盛店を作る」みたいな本に必ず書いてありますから)こちらとしては、ついへそを曲げてしまいたくなるのです。



それだったら、愛想もへったくりもないオヤジが、体によくないだろうなあと思われる素材を使って、ただし「滅茶苦茶旨い」ラーメンを食べさせてくれる店の方が魅力があります。


「プロ」というのは、特に若い人を惹きつけるのに都合のよい言葉でしょうが、今みたいに氾濫している「プロ」よりも僕は「名人」の方が好きですね。


「名人」というのは、どこか気分屋で、出来の悪いものを作ったりしてしまうこともあるけれど、ツボにはまるととんでもないものを作ったりもする。


多分、それは今の風潮で言えば、「プロ失格」ということで切り捨ててしまうのでしょう。


漫才師の横山やすしの例を持ち出すまでもなく(笑) 、以前にはそういった人の存在を認める…どころか尊敬さえする余裕が世の中にありました。


しかし、今や、ほんの些細な失敗も許されず、閉塞感ここに極まれりといった感じです。


「美しい国 日本」もいいけれど、自分としては、「おおらかな国 日本」になって(戻って)もらいたいと思いますね。