東北の絵本活動
シンボルとなった絵本「道しるべ」
絵本のラストには
「道しるべの道しるべ」というあとがきがあります
ここには
どんなきっかけで活動がはじまり
何を見て感じてきたのか・・・その当時の精一杯を書きました
これまで一度もこのあとがきに触れたことが
なかったので、お伝えしようと思います
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本ページは、「道しるべ」がなぜ生まれたのかを記すとともに、
心の旅によって引き出された思いを他者と共有する素晴らしさに
ついて解説しています。
3.11以降被災地を回った際の事例も含め、「道しるべ」の「道しるべ」としてお読みいただけましたら幸いです。
「道しるべ」の成り立ち
2011年3月11日、行きつけのパン屋さんから「テレビで見たけど
東北が大変なことになってるよ」と言われ、初めて震災のことを
知りました。研修講師の仕事で約10年近く東北6県を回っていた
私は見慣れた風景が変わり果てているのを見て呆然としました。
とっさに浮かんだのはお世話になったたくさんのお客様の顔…。
阪神大震災を経験している私は現地の様子を想像しては何も
できない自分が歯がゆくて悔しくて。
突然私の頭に「絵本」が浮かびました。私は専門学校で10年ほど
絵本作家を養成していた経験がありました。さまざまな視点から
絵本を捉えることができ、そのことが誰かの役に立つかもしれない。
私の呼びかけに仲間が集まって、「絵本でつなぐプロジェクト」が
発足しました。
震災からひと月半、まだ生々しい爪痕の残る被災地に仲間と
向かった私は、避難所で絵本を読みました。なるべく心が軽くなる
ような、ほっとできるような絵本を選んで。
読み終わると、一人のおばあちゃんが「それ、私がもらっても
いいかしら」と遠慮がちに声をかけてくれました。「とてもつらくて
細かな文字は読みたくないの。でも、絵なら見れるわ。とってもいい
お話しだからあとでゆっくり見たいのよ」その時私は確信しました。
「絵本はつらくて苦しい経験をした方々の心に響くツールなんだ。
この活動は必ず役に立つ!」と。
その後、全国から集めた絵本を仕分けして現地に持っていき、
絵本を読むだけでなく直接子どもたちに選んでもらったり、プレイ
バックシアターという即興演劇のチームと組んで絵本シアターと
いうワークショップをしたり、東北での活動が続きました。
その中で最も気になっていたことは、東北の方々の遠慮がちな様子。「私はまだ大丈夫、家をなくしただけだから」「私はいいんですよ、
家族が残っているので」と、想像を超える経験をしたはずなのに
自分はまだ大丈夫だから、とほかの人を気遣う方々。
「怒り」とか「悲しみ」の言葉を伝えられない環境になっているように
感じました。何万人という人が一瞬にして大切なものを失ってしまったはずなのに…。これは近いうちに大変なことになる、と思いました。
声に出せない感情、言葉にならないメッセージ、語られなかった物語・・・たくさんの「思い」をやさしく引き出して、向き合って、完了する
機会がないと、日本がだめになってしまう、と。
「絵本を創ろう。自分の気持ちを出してもいいんだ、と思える
安全な場づくりと共に。それを見るだけで気持ちを言いたくなるような、言わなくても絵を指さすだけで気持ちが伝わる絵本を創ろう!」
被災地に通いながらいろいろな方にインタビューしました。
「どうやってつらい経験を乗り越えることができたのですか?
何かきっかけになるエピソードはありましたか?」
それは「怒り」を表層化した瞬間だったり、瓦礫に咲く花だったり、
物干し竿に止まったトンボだったり、人によって違いはありましたが
そのうちあることに気が付きました。
「人はどうしようもなく暗闇に沈んでしまったとき、もう一人の自分が
放つ希望の光に導かれて、ほんの少し顔を上げるきっかけを
つかんでいる」ということです。
私は絵本のベースを希望の光にしました。人が本来持っている
はずの自分自身を癒す力を信じてほしい、思い出してもらいたいと
思ったから。
絵本はどこにでも自由に持ち歩け、1人でも2人でも複数でも共有
できるシンプルで手間のかからない非常に優れたツールです。
震災の年の秋、プロジェクトメンバーである絵本作家にきまゆさんに
声をかけ、「道しるべ」の制作がスタートしました。
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