皆さん、こんにちは。


今日は建国記念日。

従ってお休み。

でもいつも通りに起きてしまいました(笑)。


掃除と洗濯も終わり

お昼まで何もすることがなく…

まぁブログ更新でもしようかな〜と。


最近、昔の邦画をよく観ています。

何せ最近のテレビ番組はつまらない。

だから動画配信で昔の邦画を観ています。


日本映画専門チャンネルで

昨年観た『砂の器』に感銘し

邦画を沢山観たくなり

今は大映映画を中心に観ています。


母が若かった頃の話をするのですが

イメージが出来なくて

昭和30年代の邦画を観始めたら

母の昔話が

なんとなくイメージ出来るようになりました。


中でも胸に響いた作品はコレ↓


※写真は毎度ネット上から拝借🙏

『赤線地帯』です。
昭和31年の作品で
この映画が公開された2年後
『売春禁止法』が施行されました。
当時の『赤線』を映像化した作品です。

私が生まれる僅か10年前に
国が『売春』を公認していた訳ですから
ちょっと驚きです。

横浜だと真金町ですね。
映画の舞台は吉原です。
家の近所に遊郭の元経営者の自宅があります。
私の地元も昔は横浜の花街が
近くにあり、料亭等あった所です。
(私の現在の住まいも料亭の跡地です)

ですから地元の高齢者の中には
粋なご商売をされていた方も多数います。
まぁ〜でも『赤線』で働いていた人は
やはり差別的な目で見られていましたね。
私は「ふ〜ん、そ〜なの」て具合。
利害関係のある人ではないので
普通に接していたように思います。

戦後間もない頃の日本は
兎に角貧しくて、一家が食べていくには
身を売るより他にない人がいたのは事実。
中には戦災孤児もいたでしょう。
手に職がない女性が賃金を得るには
それしかなかったのでしょう。
考えたら気の毒な話です。

私の母は企業に勤めていましたが
仕事帰りにそういった女性達を見て
考えるところがあったのでしょう。
母は私に
「ライセンスを取りなさい」とか
「自分の身は自分で立てられるように」と
高校生になった頃からよく言ってました。

幸い私は、父が自営業で
まぁまぁの生活が出来ていましたので
私立高校で良い教育を受け
各検定試験の費用等は
制限なく親から貰えました。

大して頭が良い訳でもありませんが
今だに大手企業に勤めていられるのも
『資格』のおかげで
つまりは親のおかげであります。

ですから、かつて身を売るしかない女性が
存在していたことを知れば知るほど
自分がいかに恵まれているか…と思います。

自分が恵まれていて良かった〜
で終わらせることなく
恵まれた環境の中で得られたことで
自分に出来ることを行い
何かに貢献していきたい…
今はそんなことを考えています。

※私、生け花で『雅号』を頂いているのですが
実は私の『雅号』の中に
『貢』という字があります。
『雅号』を付けてくださった先生は
何を感じてこの字を私に
付けてくださったのでしょうね。
スゴく不思議に思います。

長文失礼いたしました🙏