意思確認 | ワタシ として。。

ワタシ として。。

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ブログを書き始めて、自分の感情や思考と向き合ってみている。


そして、いろんな見直しや気づきなどを繰り返し、自分の気持ちを聞いていくことや、自分で自分をねぎらい、前を向いて進んでいこうと思い、ちょっとずつ自分をシフトしているように感じたりしていた。

そんな中、ここ数日で これまでの自分のように、不安や うまくいかないと嘆いたりするような言葉を 周りからも聞かされて、がっかりしていた。

私はそこから抜け出して、山を登ろう と思っている近頃であったから、余計に ため息になってしまった。。

周りは自分の鏡 と言うから、その 不安や嘆きの言葉たちは、周りの人たちからの声として私のところに届いたのかもしれないし、私の内側の思考や声の代弁として、私に知らせているのかもしれないけど。。

自分からの繁栄が 不安や嘆き であることに、確かにショックだったりがっかりではあるけど、でも 今の私は同じように不安や嘆きの中にいるのではなく、そんな自分にも寄り添い、大丈夫だよ と自分にエールを送り、大丈夫を信じて前に進みたいと思っている。
だから、その 周りの人からは、ちょっと距離を置こうと思った。。

そして、その周りの人の中には、母も入っていたりして。。
母なので、距離を置くのではなく、あえて伝えてみた。
「なんでうまくいかないのかねー。なにが悪いのかねー。そう言われると、私は前を向いて進みたいと思っているのに、なんだかとても残念な気持ちになる。そんな言葉じゃなくて、私も頑張っていきたいから、あなたなら大丈夫!うまくいくよ!よく頑張ってるね! と、励ましたり認めてもらいたい。そのほうが 私も力になり、頑張ろう!と思えるから。
親だから心配するのもわかるけど、応援してほしい」 と。

母は そうだね とは言ってくれた。
どこまで伝わったかはわからないけど。。
でも、なんかちょっとスッキリした。。

昔から、ねぎらいや褒められたり、大丈夫!できるよ! といった言葉を 親からもらった記憶がなくて。
逆に、なんでうまくいかないのかねー。どうしたらうまくいくのかなー。なんであんたの周りはうまくいくのに、あんたはうまくいかないのかなぁ。なにが悪いのかなぁ。 など、そんな言葉がいつも返ってきた。
陸上の試合で負けたときも、試験で順位が思うように上がらないときも、昔からこんな言葉が返ってくる度に悲しかった。。
もっと褒めてほしかった。
よく頑張ったね! 次は大丈夫だよ!
ここまで、よくやったね!偉いね!
そんな言葉を、いつも待っていた。。
寂しかった。

大人になってからも、母に対して そんな欲求を持ってしまっていたけど、いろんなことを見聞きし、周りに求めるのではなく 自分が自分に 褒めたりねぎらったり認めたり許したり、自分が自分に寄り添うことを知った。

それを知ったところで、これもまた 長年のクセだから、やっぱりどこかで母や周りに 認めて!わかって!褒めて! とやってしまう部分もあるけど、まずはそれよりも 自分が認めよう と、立ち止まる視点を 少しずつ持てるようになってきたかもしれない。

周りじゃなく、まずは自分が自分を認めること。


今回の件で、私が本当に 自分で自分を認めたり褒めたりねぎらったり、
自分でできているだろうか?自分はどうしたいのか?
私は 大丈夫! を 信じられるようになっているか? 身についているか?

そんなことを、見えない存在からお試しされているのかな?確認されているのかな?

そう思った。


私をもっと信じて‼️

私の中の本質の自分が、私に訴えているのかもしれない。


大丈夫‼️ 私なら 大丈夫だよ!
自分に伝えていこう。