信じてますか?

私は、不特定多数の誰だかわからない類のものは全く信じていません。

呪いとかそのような類。

お化け屋敷とか大嫌いなんだけど、

よくよく考えてみたら「霊」が怖いんじゃなかった。

「驚きたくない」というだけなの。

もうね、一生驚かずに過ごせるならこんなに幸せなことないかもしれない。

だから、サプライズとかも苦手。

「……とか言いつつ、されたら嬉しいでしょ♪」ってサプライズとかしちゃう類の人もあまり得意ではない。

 

このblogでもいつだか書いた気がするんだけど、

私ね、電車が入ってくるときに注意喚起で鳴らす警笛で

いつか驚きすぎてホームでショック死すると思っているの。

 

その場合って、車掌さんに殺された感じになるのかな……

それとも、駅のホームをギリギリ歩いていた人……?

いや、一般的には私の単なる心不全みたいな扱いよ。

分かってる分かってる。

 

その……なんて言うのかな、私の魂的な感じよ……

警笛なんかで驚いて死んじゃったら、死んでも死に切れないですよ。

しかも、ほら、こうやって危険は察知しているわけだし。

少なくとも「……ほらね?」って言いたい!という気持ちの整理がつかなくて成仏することを渋ると思うんだよね。

で、この世に魂が留まるとなると、やっぱり呪ったりもしちゃうかもしれないじゃない?

そうなった場合、私は誰にこの無念をぶつければいいの?

まぁ、そのときの状況にもよるか。

 

で。

何でこんなことを考えるに至ったかと言うと、だ。

11年前の自分のblogを読んだから。


 

母方の婆ちゃんが亡くなってから19年も経ったんだなぁ。

この2019年のblogにも書いた気がしていたんだけど、

書いていなかったことが1つあって。

未だに不思議でならないことがあるの。

 

私の両親は共働きだったから、私は小学生の頃から鍵っ子。

お留守番に慣れたころには、2人が仕事から帰ってくるのはずっと21時前後。

婆ちゃんのいる家(ママの実家ね)で仕事をしていたママが

帰路についたタイミングで婆ちゃんはいつも電話をかけてくれたの。

「いま出たよーーー」って。

それは、「あと30分くらいで着くよ」って意味だと思ってたんだけど

今思うと、

大切な一人娘(私のママ)が無事に家に着くように……という想いだったのかも。

 

とにかく、19年前はもうそれがウザくてウザくて。

「……はいはい。わかったよ」と

素っ気なく切ってしまったのが心残りだったなぁ。

 

そう思いながら、20時過ぎに電話の前に行くとね

何故か私の実家の電話は音を立てるの。

 

音が鳴ってから30分前後でママ帰宅。

 

不思議だよね。

 

 

いまはもう鳴ってないのかな。

 

電話変えたしなぁ。

だとしたら、婆ちゃん関係ないかー?

 

でも当時の私としては少しだけ気持ちが救われたんだ。

「婆ちゃん、素っ気なくしてごめんね。見てくれてるんだね。ありがとう。」って。

 

ほんと、生きている側は勝手だ。

 

 

あと、これも私事なんですが。

愛ちんが亡くなって今年のクリスマスで12年。

愛ちんに、今年のクリスマスで追いつきます。

蠍座A型子年、36歳のクリスマス。

 

いま愛ちんの写真を見ても、12年前の写真とは思えません。

それは、きっと、愛ちんが他の誰でもなく「愛ちん」だった証拠。

ちゃんと「自分」と向き合った証拠。

 

しっかり「これが私です」と言える36歳になれるよう、

誕生日まで改めて自分らしく生きることにする。

 

だから、お願い。

驚かせないで。