なんとなく過去のblogを読み返していたの。


もう8年も前なんだなー

え……2月に雪降ったんだっけ。

鍵さしっぱなししてたなぁ……

携帯無くしてたなぁ……

でも、日常茶飯事すぎてあんまり気にしてなかったな(´ω`)w

 

なんて他愛もないようなことを考えながら読んでたの。

で、ふと目に止まったのがコレ↓

 

朱に交われば赤くなるとでもいいましょうか。順応するのは大切だと思いますが、ただ赤くなるだけなら何方にでも容易いことと思います。とかく残念でなりません。

 

 

何か含みがあるようなのですが、全くもって心あたりが御座いませんw

残念だよ、2012年の私。

不特定多数の人に見られるSNSだから、特定されないように……

と云うのは、わかる。

わかるけどさーーーー本人に分からないって残念すぎる。

だけど、1つ理解できたこともある。

きっと『そのとき』は色々と考えて大変だったんだろうけど

8年も経てばそんなもんってこと。

つまり、

いま悩んでいたりすることも8年後には忘れているかもしれないということ。

 

よく、『人間は宇宙と比べたらちっぽけな生き物だ』みたいなこと

言ったり聞いたり読んだりするじゃないですか。

でも正直、頭では言わんとすることが理解できても

「でも、ま、宇宙とか……分かんないしw実感0!!」が本音でしょ。

そりゃぁ、小さいよ!もう、米粒とか言わないよ、塵レベルよ。

居るかどうかも分からないくらい小さい!

でも存在はしているよ?だって私生きてるもん!みたいな。

 

で?何ですよ。だから何?って。

そうなんだよなーーー;

頭では理解できても腑に落ちないことって多々あって。

子どもなら「なんで?」って聞けることも

大人って本当に面倒な生き物で……

諸々の事情がそこら中に渦巻いていたりして聞けなかったりする。

もしも、そんなの関係なーーーい!とか言って素直に聞いちゃったりすると

疎ましがられたりするのが現実。

 

最近、何かで読んだんだよね。

「日本では、空気を読めるようになることが大人になることと同義」と。

 

 

私はこれを読んで、寂しい気持ちになったよ。

いや、まず「言い方ーーーー!」って思ったんだけどね。

 

「空気を読める」が日本人らしさってこと?

思慮深いと言えば聞こえはいいけど、

その言葉のニュアンスも昨今変化しているような気がして。

って訳でやっぱ言い方の問題じゃないのかも?

 

辞書に載っている言葉の意味は「本来の意味」であって

現代で使われている言葉のニュアンスまでは書いていない。

 

大人が仕事でいう「むずかしい」は「できない」と同義。

「ありがとう」代わりの「すいません」「恐れ入ります」とか。

 

そういうのも「空気を読む」ってことかなぁ。

確かに「できません!」は言えないなぁ……。

その時点で空気読んじゃってるなぁ……。

どんどん難易度増していると思うんだよね。

昔だったら読まなくてもよかった空気まで読むようになって

いつの間にかその空気感も変わってきていて……

 

つまりは、

他人の顔色ばかり窺うようなのが日本らしさになってやいませんか?

と私は問いたい訳ですよ。

きっとね、そんな意味合いでは誰も言っていないんだろうけど。

 

「空気を読め!」という言葉が空気読めてないと思うし。

だって全く具体的じゃないし。

言われた方は何をしたらいいのか分からなくて動けないし。

頭の中では最終的に「……で?どっちだ?」ってたぶんなるし。

そもそも空気って吸ったり吐いたりするものだし!

見えないし!

少なくとも読むものじゃないし!

どの辞書にも「読むもの」なんて書いてないし!

 

 

……はぁ、はぁw

 

あ、でね。

2012年の私の独り言に戻る訳なんですよ。

 

 

朱に交われば赤くなるとでもいいましょうか。順応するのは大切だと思いますが、ただ赤くなるだけなら何方にでも容易いことと思います。とかく残念でなりません。

 

空気を読んで赤くなって順応することは、

大人には必要な能力だと思うよ。

とくに集団に属している場合は。

でも、その朱がさーーーー?悪かもしれない訳じゃん。

だから

無闇矢鱈に染まるもんじゃないと思うの。

ちゃんと考えた?それでいいの?

社の方針とか言われたら、従うの?

 

コロナでこんなに日本中と言わず世界中が大変なのに

「来い」と言われたら行っちゃうの?ということ。

その空気より、もっと大きい範囲の空気読んでくれよ!ってこと。

 

狭い世界感の空気を読むことは容易い。

目の前の人の反応だけ見ていればいいから。

でも、それってやっぱり残念だよ。

世界は広い。

空気を読め空気を読め空気を読めって言われ続けた結果

目の前しか見ない日本になっちまったことが

私はとかく残念でならない。

 

令和になってからその想いは加速するばかりかも。

 

梅の宴?初春の情景?

一人ひとりの個が大切?え?

なんて思っていたら、コロナまでは桜の話題ばかり。

いやーーーーもう「令和」の由来台無しじゃないか、と。

あくまで個人的な意見ですが。

 

なんか、残念。

ま、だからって何をするわけでも無いんだけど。

私は私の気持ちに正直に生きていく、それだけ。