ガンバリズムと身体
あなたの身体の硬さはどのくらいのものだろうか。
恥ずかしながら私は肩こりを持っている。
肩というよりも、肩甲骨の下と首がこり、頭痛になることしばしば。
「日々一生懸命がんばってるから仕方ない。仕事がら緊張するんだから仕方ない!」と自分をなんとか肯定し、スポーツクラブで筋トレを行い、かえってコリが強くなることも・・。
身体と心はつながっている。入れ物である身体が緊張している状態で、中にある心が休まっているということは無いのだ。
当たり前のようでいて、以外と見落とされがちな事実ではないかと思う。
学校の体育は、もともとはドイツが発祥だった。
戦争で戦うため、強い兵隊をつくるために身体を鍛え上げ、数値目標をつくり、人と比較し、人より秀でようという発想の元で始まり、学校教育の中に取り入れられた。
そして時は流れ、皆を一斉に軍隊式で鍛え上げるのではない教育が必要ではないかということで、2000年に学校体育の指針の見直しが行われたようだが、従来の体育授業しか経験をしていない教師の方々にとって「じゃ、どうすればいいの?」、答えは出ないまま従来の体育授業が現在も続いている状況のようだ。
今までではない、何か。 そのヒントが野口体操にあるのではないかと思う。
野口体操をつくったのは、東京芸術大学名誉教授だった野口三千三さん。
ヨガや太極拳などボディワークといわれるものはたくさんあるが、日本独自のボディワークの源流は野口体操だ。様々な日本のボディワークは野口体操をアレンジしてつくられている。
特徴のひとつは、心が気持ちいいと感じるように身体を動かすこと。
人間の身体の70%は水分。とするならば、皮袋の中に水を入れたのが人間の身体と見てとることができる。ゆらゆら揺れるやわらかな動き、上から掴んで垂直に下に落とせばペタンと床に着く。身体から力を抜き、重力に身をまかせることによって生まれる気持ち良さを基本としている。
楽であるということを積極的な「ゆとりの概念」として捉える。
特徴の2つ目は、先にも出てきた重力を見方につけるということだ。
生物は、海から陸上に上がり生活をするようになる中で、重力に適応するように形態や構造、機能を変化させた。
とするならば、重力に刃向かうのではなく、重力を見方につけることで、よりしなやかで楽な動き方を身に着けようという発想だ。
骨格や筋肉で構築された身体という解剖学的な西洋の身体観ではなく、どの筋肉がどの動きにより引っ張られ、また逆らうことになるのか。動きから身体を考える見方に変えた。
動きのエネルギーを、筋肉の収縮力に求めていく従来の体操の在り方とは異なり、動きのエネルギーは身体の重さだとした。
そして特徴の3つ目は、柔らかさ。
野口さんは、「柔らかさとは、変化の可能性の豊かさ」だと言っている。
柔らかければ、様々な動きに対応でき、変化できる。硬ければ、決まった動き、決まった範囲でしか動けない。
これは、私たちの仕事の仕方、思考などにあてはめて考えることもできるのではないか。心と身体がつながっているということは・・。
野口語録には学ぶことが多い。
「次の瞬間働くことができる筋肉は、今、休んでいる筋肉だけである」。
余分に力が入った状態では感覚が鈍くなる。そのことによって動きがぎこちなくなる。ほぐされ、ほどかれた柔らかな身体からは、滑らかな動きはもちろん、力強い動きや早い動きも可能になる。武道は自然体で、脱力した状態で構える。だからこそ、敵が襲い掛かってきたときにも対処することができるのだ。
がんばることも、もちろん大切だ。だが、いつも何時も余分な力を入れすぎて生きていないか。思考の偏りはないだろうか。要はバランスが大切だということだろう。
具体的な野口体操の方法については、書籍やビデオが出ているので説明はそちらに任せようと思うが、私は以前、前衛舞踏のワークショップに参加したことがあり、野口体操に近いものを感じた。「自由に動いてください。どうぞ、思うままに気持ちよく。」と言われたが、動けない。どう動いていいのか分からない。身体というより、頭が先に考えてしまっている。いつしか私も頭でっかちになり、見えないワクの中にとらわれて生きているのかもしれないなと感じた。
野口語録のひとつ。
「すべての動きを、力によって強引に解決しようとするガンバリズムから卒業したい」。
かつての軍隊式の体育とは逆の創造を目指した野口さんの言葉は、体操というワクを遥かに超えて、現代の私たち人類に投げかけた、とても難しい、そしてとても大切な問いかけのように思う。
チームNQ伝