3月6日(日)、ポジティブ心理学の普及団体である、「一般社団法人ポジティブイノベーションセンター」の研究会に参加した。
開催数日前に、本来予定されていた今回の研究テーマのファシリテーターが急病で講演できなくなり、急遽理事メンバーの皆さんが代行で運営を行った。
今回で3回目の参加であったが、今までの中で最も参加して良かったと思えた研究会であった。
テーマの新規性や研究内容の精度が理由ではない。代役での運営であれば、元々そのような期待すらしていない。気の毒でもある。
自身の中での「ある変化」である。期待などしていない想定外のもの。
スーツを着ない時の「ありのままの自分の行動」は、保守的で気後れ型・自発的行動など全くとらないタイプであったはずなのだが・・・・
今回の会では、「ありたい自然な行動」を、すんなり取れた。いつものツイッターで、自分で自分の行動を規制することなど無かった。皆が嫌がる場面での自発的なアクションを自然にとれた。あまり言いたくないことを、自然にオープンにできた。
何故? ・・・たぶん・・・
急遽、代役となった代行の理事メンバーの皆さんが一生懸命自身の役割を果たしている姿に、「自然と協力したい気持ちのスイッチ」がONになったのではないか?
今まで封印し使用していなかった・・・無いと思い込んでいたスイッチを起動させてもらったのではないだろうか。
最近、「モチベーションダウンへの歯止め」や、「ヒューマンエラー防止」のご相談を多く受ける。業界によってはミスが命取りになる組織もたくさんある。しかし、我々は、あまりにも「失敗」に過敏になり1日のほとんどを正解が求められる世界で過ごし過ぎているのではないか。緊張を強いる世界である。
しかし、よく考えてみれば、そんな世の中でも「不正解・・・失敗やミス」が積極的に許される大切な世界がある。
「大義」があれば、少々の失敗も許される
「あの大学で心理学を学びたい」は、大義ではない。「あの大学で心理学を勉強し、臨床心理士になって、悩める人を助けたい」これが大義である。
要するに「私」ごとではなく、「公」ごとのために役立つ志を掲げれば、それは大義となり、その大義のもとでの失敗は許されるのではないか。
周囲からの暖かい支援も引き出されるのではないだろうか。
大義があれば、失敗は許される。
大義が、人と人のつながりをつくり、そして人を成長させる。
代行の理事メンバーには、少なくとも大義があったように思えた。
皆、自分より年上で、それぞれの修羅場を経験している人たちである。それぞれの無意識の大義が、メンバーを一枚岩にしたのではないか。
仕事柄、年上のお客様や仕事パートナー、ドクターとのおつき合いが多い。
あらためて、彼ら彼女らに、これからの大義を聞いてみたい。
そういえば一番身近な年上の盟友である「親」にこそ、その大義を聞いておくべきだったのかもしれない。
子の義務として、彼らの生きてきた証しとして。
自分の大義を見つけてやれるか?
親の大義を聞いてやれるか?
研究会のテーマにもなった、「イキイキとした人生・・・」
自分の大義を探すために、そして、親の大義を実感するために、「あっというまの人生」をつぐんでつなげて伝承し、人は晩年悩みながら年をとる、イキイキと活かすために。
まだ、間に合う方
「時は思うたより早い、人生は短いぞ」
織田信長 / NHK 「江」
「地球の歴史に比べれば、自分なんぞほとんど一瞬に消えてしまう。同じ消えるなら、大義に殉じて消えたい」
2002年1月 雪印食品偽装事件を告発した
西宮冷蔵 水谷洋一氏
NQJapan 佐伯 充 「寛容な世の中をつくる」