モータースポーツ室日記2026 -19ページ目

ノートニスモ 現在作業中

オーリンズも 修理が終わり

戻ってきています

原因は 判明しましたが

積雪地域ならではと いうことかなぁ~

来た時 話しましょ

週末 土曜日には 引き渡せますので

夜行バスの 予約を お願いします

 

 

 

2025 MN-CT

(マーチノートサーキットトライアル)

今年もすでに 3戦行われておりますが

ブログアップが 遅れております

そんなワケで

3戦経過した 時点での TOP9を

アップしておきたいと 思います (´・ω・`)

 

1600Cクラス(1600cc改造クラス)

第1戦 1位 第2戦 1位 第3戦 1位

現在 3連勝中 60号車

DXLノートNPC東京Ntec ノートニスモ改

1600Cクラス(1600cc改造クラス)

第1戦 2位 第2戦 2位 第3戦 2位

1000分の1秒差 80号車

モースポNTEC十手ノート ノートニスモ改

1600Cクラス(1600cc改造クラス)

第2戦 3位  第3戦 3位

不屈の闘志(骨折後地獄のリハビリ) 35号車

ケンケンE12改evo2 ノートニスモ改

1600Cクラス(1600cc改造クラス)

第1戦 3位 

岡山国際サートラチャンプ 15号車

NPC東京ノートニスモ ノートニスモ改

1500Cクラス(1500cc改造クラス)

第2戦 1位 第3戦 1位

現在 2連勝中 46号車

MARCH IMPUL S マーチニスモ改

1500Cクラス(1500cc改造クラス)

第1戦 1位 第2戦 3位 第3戦 2位

昭和の走り屋選手 634号車

タイサン・マーチNISMO S MY25 マーチニスモ

1500Cクラス(1500cc改造クラス)

第2戦 2位 

筑波1000コースレコードホルダー

Bee☆RマーチニスモS マーチニスモ

1500Cクラス(1500cc改造クラス)

第1戦 2位 第2戦 4位 第3戦 3位

マーチニスモの貴公子 マーチ王子

NPC東京マーチニスモ 22号車

1500Cクラス(1500cc改造クラス)

第1戦 3位 

亀山家のリリー号マーチニスモ 324号車

 

サマーブレイクを入れて

残るは 2戦

ブログアップも含め

ボクも頑張ります(笑)

 

 

ブログアップが 遅れておりますが

今年のZチャレンジンは 第3戦まで

開催されております ( *´艸`)

というワケで

現在までの シリーズランキングを

アップしておきたいと 思います ( ..)φ

 

RS-1クラス(Z34クラス)

現在 ランキングトップ 923号車

大森ファクトリーZ34バージョンNISMO

優勝 1回 2位(2回)26ポイント

RS-1クラス (Z34クラス)

ランキング 2位 49号車

NPC東京 Z34S-tune改

優勝 2回 20ポイント

RS-1クラス (Z34クラス)

ランキング 3位 77号車

大森ファクトリーZ34ロードスター

2位 1回 8ポイント

RS-2クラス

ランキングトップ 5号車

マリーンモータースポーツ Z33改

優勝 3回 30ポイント

RS-3クラス

ランキングトップ 175号車

NPC東京Z33バージョンNISMO

優勝 1回 2位(2回)26ポイント

RS-3クラス

ランキング2位 290号車

ネクストバース Z33バージョンNISMO

優勝 2回 20ポイント

RS-Sクラス

ランキングトップ 922号車

NPC東京 NISMO-380RS改

優勝 3回 30ポイント

RS-Sクラス

ランキング2位 12号車

NPC東京 NISMO-380RS

2位 2回 16ポイント

 

夏休みを はさみ

残すは 最終戦のみとなります!

この サマーブレイクでの 練習や準備で

最終戦の結果に 繋がっていきますので

頑張ってくださいね!!\(^o^)/

 

 

 

 

昨年の 2月

初期型ノートニスモに乗る オーナー氏が

今後の 愛車についての ご相談で 来店されました

初期型という事は そろそろ 10年を 迎える時期で

後期の 低走行中古車に 買い替えるべきか

愛機を リフレッシュするべきか

そういった 内容です

前期から 後期にすると

車種が 変わったくらいの 性能向上が

ある車種も あるんですが

ノートニスモに 関しては

すでに 初期型が 完成形と言って 良いほどの

仕上がりとなっているため

後期や 最後期などの ノートニスモは

外装の好み だけで 

選択するので 良いのだと思います

そう オーナー氏には お話しましたが

やっぱりそうですよね(笑)

そう 笑顔で 答えられました

あーこの人は

僕に 

リフレッシュして まだまだ乗ってほしいと

言ってほしくて 来店されたんだな

そう 直感しました

そこから 具体的に どの部分を リフレッシュして

どの部分に 新しい チューニングを入れていくか

そんな 話を 何度も何度も していきました

予算的には 新車のノートニスモを もう1台

購入できるような感じになっていきますので

部品の 入荷に 合わせて

全部で 4回の 入庫で 作業をしましょうと

ノートニスモの リフレッシュ計画は

スタートしました

その年の 春から はじめ

夏にも 入庫

そして 秋から 冬にかけて 再度入庫

最後の 外装部分に 関しては

翌年の 1月に 入庫して

MY2015 ノートニスモリフレッシュは

無事に 完了したのでした

 

仕様が だんだん 変わっていくうち

車の 仕上がりは どんどん 良くなっていきました

そのたびに オーナー氏は ニコニコと 喜び

次が 楽しみだと

嬉しそうに 話していたのを 覚えています

 

そして 今月に 入ってすぐに

息子さんから 僕に 連絡が入りました

 

今年の 2月

父が 急逝しました

色々な 手続きが あって

今の時期になってしまいましたが

車のことを 聞きたくて連絡しました

 

僕は 衝撃を 受け

言葉を 失いました

 

この ノートニスモの 件は

ブログで アップしようと思っていたので

きっと 

オーナーさんも 楽しみにしていたと思います

 

内容は 少し変わって しまいましたが

アップしていきます

 

よろしくお願いいたします

 

ノートニスモリフレッシュ計画

まずは 足回り編です

本格的な サーキット用 サスペンションから始め

これが 3セット目の 車高調ですが

今回 オーナー氏が 選んだのは

ブリッツの車高調でした

正直言って

わざわざ この車高調を 選んだ理由が

いまいちわかりませんでしたが

ブリッツの車高調の 最大の 特徴が

この 減衰力の 電動コントローラーです

室内から セッティングの 変更なこのシステムは

便利なのは 便利なんですが

オーナーさんの スキルから 考えると

僕としては

もの足りなさが 残りました

でも オーナーさんは とても 便利で 良いですと

ほんと 喜んでましたね

車高調と 同時に 足回りの ブッシュ類も 交換して

サスペンションリフレッシュ同等内容としてあります

FFであったとしても 純正ブッシュの リフレッシュは

とても 効果の高い オーバーホール作業です

次に

ノートニスモの  泣き所でもある

クラッチ&ミッション関連です

ニスモ製の クラッチが 製造廃止になったため

今回は ORCクラッチを 使用します

傷みやすい 消耗品関連は すべて 交換

油圧関連も 最後期モデル仕様と します

同様に ノートニスモの クラッチ関連の

リフレッシュの 相談を 受けた際には

ミッションの 交換も 大体 一緒にしますが

この 車両は 1度 新品に したので

その部分は 再使用しました

次に作業をしたのが エンジン回り

ノーマルでも 十分に速い ノートニスモS

オーナー氏は ノーマルにこだわり

ここまで 純正で 来ましたが

ここで 一気に スポリセタイプ3を 導入

同時に エンジンの 消耗品の 交換もしておき

原因不明の トラブルの 原因となる

エンジン関連の 電子機器も 新しい部品に 交換

オーナー氏とは

エンジン交換を 今回するかどうかの 相談もしており

以前 1度 新品に 交換していたのも あるし

次回やりましょうという 話をしていました

高回転まで 一気に 回る タイプ3ですんで

特性に 慣れてからのほうが 良いだろうという

僕の判断でしたが(オーバーレブ対策)

エンジン交換と スプリセタイプ3の組み合わせは

下から 中速までが めちゃくちゃ良くなるんで

お勧めプランの ひとつだったりは します

そして ブレーキ周りと

ハブ関連の リフレッシュをしていきます

ブレーキといえば もちろん

エンドレスの 大型キャリパーキット!

そして リヤ側は

同じように エンドレス仕様としました!

ノートニスモ 乗ってる人は

わかってるかと 思いますけど

ノートニスモって めちゃ速いんですけど

ブレーキが 甘いんですよね~

ノートニスモ出て すぐに

エンドレスに 相談して

キャリパーキット作ってもらって

付けてみてから

純正の 効かなさが 身に染みて 分かりましたね

長く乗る オーナーさんは

ほんと 付けたほうが いいっすよ

全然 違いますからね!!

そして この日も そうでしたが

不思議と

この ノートニスモを 作業している日は

ノートニスモの 入庫率が 高く

何台もの ノートニスモが

まるで このクルマに 会いに来るように

並んで 整備を 受けている 光景が

何日間も 続いていました

 

いま 考えてみれば

本当に  そうだったんだろうと

思ってしまいます

 

 

この オーナーさんは

当店が ノートニスモを 本格的にやり出した

初期の サーキットユーザーでした

サーキット予備軍練習会から始め

スポーツ走行の 楽しみを 知りました

2015年位かなぁ

この頃は まだ

ノートニスモでの オーナードライブでの

サーキット走行実績には とぼしく

試行錯誤で 走ってましたね

数多くいた 

当店の ノートニスモオーナーさんたちの中でも

本気組だった 2人は 関東各地の サーキットを走り

色々な チューニングパーツを 試しながら

タイムを 上げていってくれていました

ちなみに 右のオーナーさんは

筑波で 10秒を 切った後に

リーフニスモへ 乗り換え

そののち オーラニスモへ

現在は シビックタイプRで 筑波を走っています

当時 亀戸店に あった MS室に

ちょくちょく 遊びに来てくれていました

これは 当時の

ニスモ製の データーロガーです

サーキットを 走って来ては

こうして ログデーターを

遅くまで 解析して

走り方を いろいろと 研究していきました

富士レーシングコースでは

超高速からの シフトミスで

ノートニスモでは 初めての

エンジンブローからの エンジン交換と

ミッション交換車と なりましたが

ここからの フィードバックで

走り方の 注意点なんかが 分かったのは大きかった

そして これは

ニスモが 初めて 主催した

マーチニスモ ノートニスモだけの

ドライビングレッスン

こうした イベントをへて

現在の サーキットトライアルに 繋がっています

MS室からの 参加者が 一番多かったですが

マーチニスモと ノートニスモの 本気組が

積極的に 参加してくれていました

講師は 影山選手と 藤井選手

当時

マーチニスモや ノートニスモの

専門的な アドバイスが 出来る プロドライバーは

ほとんど おらず(専門的じゃなきゃいるけど)

本当に とても 参考になりました

藤井選手の隣に 乗せてもらって

マーチニスモの 走り方を 教えてもらいましたが

今でも とても 役にたっています

こうした イベントなどで

オーナーさんたちが 熱く 向上心を もって 走らせ

みんなで 楽しんでいるところから

マーチノートの サーキットトライアルの 構想まで

たどり着いたのだと 思います

 

そうした 意味でも

今回の ノートニスモオーナーさんは

現在 サーキット走行を 楽しむ

ノートニスモオーナーさんたちへの

新しい 扉を 開いてくれた 1人で あったと

今でも とても 感謝しています

オーナーさんには

もうひとつの 趣味がありました

それは サーキットでの 写真撮影

走っている人や

ブログのために

良い写真を たくさん撮ってくれました

BNR32GTR

芳賀の BNR32GTR

R35GTR

BCNR33GTR

260RS

O原選手

E12改

BNR34GTR

この 黒いVスぺ1は カメラマンとの

写真の相性がとても良くて

神がかり的に 良い写真が多かった

ソネ選手の 初走行写真も

Zチャレドライバー

懐かしいなぁ

元気にしてるかな

この ワンオーナーシルビアターボは

数年後に

交差点で 横から突っ込まれて

廃車になりました・・・

ほんと もったいない

パイロン直すために

走ってる僕たちも

流し撮りしてくれてました(笑)

 

 

2025年 1月

最後となった チューニングが

カーボンダクトの取り付けでした

 

この作業が 終わったのちに

オーナーさんへ 引き渡し

ノートニスモの リフレッシュが完了したのでした

そして 翌月

オーナーさんは 旅立ちました 

 

 

息子さんと 話していて

僕ら 二人ともに 同じことを 感じました

 

きっと 本人は

なんとなく この先を 感じていて

息子のために 愛車を リフレッシュして

渡してあげたい

そう考えたのだと 思います

 

フルピロの 最大キャンバーがつけられる

サーキット仕様の 足から

なぜ ブリッツの 電子制御なのか

それも

息子のためと 考えると しっくりときます

 

ノートニスモの リフレッシュの費用も

一切 高いとは 言いませんでした

明らかに お金の価値よりも

ノートニスモの 価値を 優先しており

金額のことは まったく何も 言いませんでした

 

それは 多分

受け継ぐ 息子のためでもあり

親友として 一緒にいてくれた

愛機ノートニスモの ためでも あったのだと

すべてが 腑に落ちました

 

体のこともあり

サーキット走行は 数年間していませんでしたが

それでも ノートニスモを 楽しみ

走る楽しさを 忘れていなかった オーナーさんは

最後の 1年間を かけて

新しい 生命を ノートニスモに

与えてくれたんだと 思います

 

あなたは 間違いなく

モータースポーツ室

初代ノートニスモアタッカーの 先駆けでした

 

ありがとうございました

 

 

 

モータースポーツ室 小山