昨日のブログに、「胸郭」を解放する重要性と、それを物理的に改善する方法を書きました。
実は、もう一つ「胸郭」の解放に大切な要素があります。
今回は心理的側面から(本来、抽象度の問題であり心と体は同じなのですが。)「胸郭」を考えていきます。
再度、本家主宰の記事を引きます。
引用開始
心理学的というか、文学的に比喩的に言えば、虚勢をはるようなとき、心が凍りついたときなどは、明確に胸郭は固まります。端的に言えば、緊張するということです。緊張によって防衛しようとするのです。それが一時的であれば良いのですが、永続的になると鉄の処女のような硬い胸郭の出来上がりです。
硬い胸郭にするためには、一見すると日々のトレーニングが必要な気がします。割れた腹筋のように、日々鍛えて鍛えて、そして実現するような気がします。実際にそういう場合もありますが、むしろもっと単純です。たとえば、大きな衝撃を受けて、それがあまりに強い情動と結びつけば、その情動と筋肉の緊張は長期記憶化します。なぜなら強い情動を喚起した現象は高い重要性を持つと自我が(もしくは脳が)認識するからです。すると脳はその記憶を何度もリフレインします。リフレインする度に、強い情動が引き起こされれば、より記憶は強化されます。
たとえば、ひどい悪口を言われて、ひどく傷ついたようなケースを想定します。ドリームキラーのひどい発言でも良いでしょう。もしくは命を狙われたような体験でも構いません。その瞬間に強い情動が引き起こされますが、それを我々の脳は何度も思い出します。思い出す度に風化し、揮発していく記憶ならば良いのですが(ほとんどの記憶はそうでしょうし)、強化される記憶というのがあります。脚色され、派手になっていきます。毎回、強い情動が掻き立てられれば、記憶は必然的に強化されます。そのときに、ショックを受けたり、恐怖を受けた記憶と共に、そのときの身体状況(恐怖により凍りつく身体や、怒りに震える身体)が再現されます。
すると実際に何も努力せずに、胸は鉄の処女のように固まっていきます。
引用終了
僕は、いちさんとのメンタリングを続けさせていただいていますが、その最中でこの本家主宰の記事を拝読した時に2つのひどく傷ついた出来事を思い出しました。
1つは、子供のころに家を追い出されたときの事です。
それこそ先日実家に帰った時に、両親と弟たちとこの話をしていました。「昔はよく家を追い出されたよね(笑)」と。両親も弟たちも笑っていました。その時は僕も。
ただその後、いちさんとのメンタリングの中で思ったのです。
これは笑い話ではないと。
大人になった僕は、「今ではただの思い出」ぐらいに捉えていました。
ですが、その当時の自分に戻ってみた時に全く別の風景が見えました。
それは愛してほしかった人(母)から、無理やり力ずくで安心できる家という場所から追い出され、外に出されたという事です。
もっと言えば、「捨てられた」のです。
思い返してみれば、尊敬する人や親しくなった人との間になんらかのストレスを感じるとすぐに恐怖心が襲ってくるのはこの事があったからかもしれません。
そしてもう1つ。それは、母から包丁をみぞおちに突き付けられたこと。もちろん悪さをしたのは僕だという認識はあります。が、その時に感じた恐怖は忘れません。あまりの恐怖に「ヒーっ」という音が出たのを憶えています。音と表現したのは、それが息を吐いたのではなく、吸ったときに出た音だったからです。僕の中では悲鳴は「キャー」という呼気ではなく、「ヒー」という吸気の音だと思っています。
このことも記憶の奥に閉じ込められていましたが、最近は明確にこの出来事が僕のストレス反応として強く出ていることが分かるようになりました。
そしてそういう時には必ず、突き付けられた場所のあたりがキューっとうずくのも。
それぞれの記憶に対してアダルト(大人)な僕は、自分が悪かったから仕方がない。父の仕事が忙しく不在の事が多かったから、母も一生懸命だったのだと当時の事を理解しようとしました。
しかし、ただ1人の純粋な子供の僕は、当時どう感じたのでしょうか?
捨てられる、殺される。どちらもとてつもない恐怖です。
まず自分がその時の自分の本当の気持ちに気づいてあげなければ。大人の自分が理屈をつけて丸め込むのではなく、きちんと向き合ってあげなければ。
ここでもう1つ本家主宰の記事を紹介いたします。
引用開始
自分を縛る鎖が見えたとしたら、その鎖はもう解けるのです。
鎖が見えたとしたら、その鎖をどうやって解こうかと考える必要はなく、見えた瞬間に解けます。
というか、我々はそれだけの力を持っていて、それが「普通」にできるのです。
「いや、そこからが謎解きじゃないんですか?」という質問はごもっともなのですが、鎖は謎ではありません。これは単に定義の問題です。用語の問題です。
「謎解き」と「まといのば」で呼んでいるのはある不可解な現象が先にあって、その現象の原因を探ること、自分を縛っている鎖を探すことが「謎解き」です。
小象のときに杭に縛られて、その杭から逃れようとさんざんがんばってもダメだと、成獣になったときにもう杭から逃れようと思わないという話です。大人の象からしたら簡単に引っこ抜けるような杭でも、もう試そうとすらしないのです。
これはかわいそうな象の話しではありません。
僕らの姿です。
僕らはこの小象問題が多すぎるのです。
この小象問題が呪いとして、あなたを縛る鎖として、我々の自由を奪っているのです。
僕はこの記憶を今まで忘れていたわけではありません。以前にも何度か思い出したことはあります。ただ、それをどう捉えればよいか分からなかったのです。
今回のいちさんとのメンタリングを続ける中で、当時の自分の素直な気持ちに気づくことができたのは大きかったです。
そして、母が僕にしたことはやはり間違いです。
その事を身体が分かった時に、そして世界はそうではないと分かった時に、「胸を撫で下ろし」それまでの不要な緊張感が抜けて、「胸が締め付けられる」事が少なくなりました。
皆さんもこの記事をお読みいただき、もし何かの記憶が出てきた時は、きっとその記憶には何かがあるのだと思います。
そんな時に今回の記事や本家主宰の記事をお読みいただき謎解きのヒントにしていただけたらと思います。
もちろん信頼できるヒーラーの方に相談するのはとても近道です!
今ならいちさんがトライアルを開催してくださっています!






