本日もnipiがある事象の問いを投げかけます。皆さんはどうお考えになりますでしょうか?

 こんな記事を見つけました。今年のボーナスは昨年に比べて1%上がったみたいです。

以下参照 URL:http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/bonus/

‐群馬経済研究所は19日、県内企業の冬季ボーナス予測支給額を発表した。1人当たりの平均支給額は44万4500円で、昨年の支給額44万円より約1%上昇した。実際に冬季ボーナスが増加すれば3年ぶりとなる。同研究所によると、冬季ボーナス支給額は平成19年は48万5千円だったが、リーマン・ショックの影響で21年には42万8千円まで低下。その後、景気の回復傾向を反映し、22年には45万円まで回復したが、東日本大震災の影響などで再び減少に転じていた。‐原文ママ

 頑張った分だけ、業績が良かった分だけボーナスが増える・インセンティブが上がる。資本主義経済で成り立つこの社会に成果を出したものへの報酬です。

 人よりも努力したからボーナスがでるのか、ボーナスを勝ち取るために人よりも努力するのか。後者であれば少し寂しいですね。ある目標の達成の為に頑張った結果、その目標達成+お金という形で賞与があるのならまだしも、その目標がお金の為なら浅はかな人生を送ってしまうのかもしれません。

 そこで、本日のテーマは「インセンティブとしてのお金は善なのか」です。そろそろ世間の皆様はボーナスの時期となり、懐が温かくなってくるのではないでしょうか?僕はとあるベンチャー企業で働いておりますので、ボーナスとは無関係ですが。笑 今の経験はお金では買えないもので、勉強させて頂いております。

    最近は通勤途中にTED(クマじゃないやつ)を見ているのですが、その中に『これから「正義」の話をしよう』のマイケル・サンデルさんのプレゼンがございました。その中で、こういった例が取り上げられていました。

 ‐子供に本を多く読ますた為に、1冊読むにつれて2ドルのインセンティブを与えよう‐

 この問いに皆さんはどう思われますでしょうか?小学生の頃にこのように育てられたのなら申少し博識な人間となっていたかもしれませんね。

 結論から申し上げると、僕は良いと思います。反論の意見としては、お金という目的に囚われてしまい、本を読んだこのことによる知識の蓄、つまり本を読むことの本質(例:世界を知る)を見失ってしまうということも出ていました。
   
   けれども、インセンティブの有無やキッカケあるいは理由がどうあれ、本を読んだという事実は変わりはしないし、本を読むことによって蓄えられる知識は同じではないかと考えます。(もちろん、お金欲しさに流し読みで頭に入れることなく、数を稼ぐ場合は知識量には変わりはあると考えられますが)パラパラと呼んだとしても、何かは得るものがありますし、どんどん読んで知識も増えて、お金ももらえることができて、一石二鳥ではないでしょうか。

 それに加えてインプットしたことをアウトプットすることでより、知識が定着するとも言います。人は承認欲求が働き、知っていることを知らない人に教えることで、すごいなぁだとか物知りなんですね、だとかで満足する生き物ですので、マズローの欲求の段階説にも効果がありますね。

 自分に置き換えてみればこのようなブログを書いている点でまさに人に知らなかった知識を知ってもらいたい、何かのきっかけとなってほしいのですから。

 最後に、先ほどの子供に本を多く読ますた為に、1冊読むにつれて2ドルのインセンティブを与えるという実験結果は、子供たちはどんどん本を読むようになりました。が、どんどん薄い本を選ぶようにもなったそうです。効率よくお金を得るための知恵ですね。それを学べただけでもすばらしいではないでしょうか。

では本日は、この辺で失礼致します。

本日はnp.jpのnpを担当しておりますnipiからお届け致します。

一昨日のテーマである、「ヒーローになれていますか?」についての僕なりの回答です。

結論から申し上げますと、なれておりません。

ヒーローと言われて思い浮かべるのは、僕はアンパンマンです。

困った人を助けるのがヒーロー。

困ってない人を助けても、余計なお世話。

最近は売上・利益うんぬんではなく、自分の仕事が社会的に意味があるのかどうかを考えています。



もちろん売り上げを意識して働くことには営業マンとして考えないといけないことですが。

社会的に貢献していくことが働くことに意義ではないかと考えます。

困っている人へ自分の能力が活かしたいですよね。

最近見たTEDで坂 茂さんの講演が非常に感動致しましたので共有したい思います。

http://www.tedxtokyo.com/talk/ban/

建築家としてあるべき姿を貫いています。

人間とはこうあるべきだと考えさせられました。


では、今回の僕のテーマは「『No.1にならなくてもいい、元々特別なOnly.1』はきれいごとではないのか」です。

いや、間違いなくNo.1に固執しないといけないでしょ。

No.1だからこそ、意味のあるOnly.1なんです。

皆違うのは当たり前。

そこでいかに自分の色を出して、社会で認められるか、貢献できるかが大事。

言い方が非常に汚く言えば、ただの烏合の衆。全く怖くない。

小学生の時にスイミーという物語を読んだことがある方おい化と思いますが、シロナガスクジラからしたら全く怖くない存在。

突出した力、価値があればその業界では非常に脅威となる。

2番手だとインパクトもない。

業界で1位。社内で1位。若手で1位。同期で1位。といったように上に行きたいのならNo.1という数字に固執すべきではないでしょうか?

精神的にも、肉体的にも追い込まれ、人は成長する。

一度逃げた人間はこの先ずっと逃げる。

逃げずに、立ち向かえ。

環境にせいにせず、周りに流されるな。

志高く。

「想いから全てははじまる。強い想いを持て。誰に言われても、何を言われても、ブレない想いを。」

日々勉強、精進あるのみ。


本日もjunがお送りいたします。
最近将来のことを考える機会が増えました…。
大学入った時にこの気持ちがあればな…と後悔しているわけですが、
まだまだやり直しはききますよね?

さて今日は、アートディレクターの堤大介さんを紹介したいと思います。

◎1974年、東京生まれ。高校まで硬式野球に打ち込み、卒業後、 ニューヨーク州のRockland Community Collegeに留学。
同大在学中、イラストレーショ ンに開眼した。
ニューヨーク市にあるSchool of Visual Artsに奨学金生として編入し、首席で卒業。
LucasArts Entertainment Companyに勤務後、Blue Sky Studioに転職。
その間に、『Ice Age』『Robots』『Horton Hears A Who』のコンセプトアートを担当。
2006年、 『Toy Story3』のアートディレクターとしてPIXARに移籍する

『Toy Story3』のアートディレクターとして有名ですよね。
ふとモンスターズインクのCMを見て堤大介さんを検索しました。


一緒に旅をした写真家とは高校のクラスメートで、今でも常にその活動に注目している大事な親友の一人だ。現状に満足すること無く、自分の心が求めるものに正直に、そして真摯に向かい合うこの友人の姿勢から、本当のゴールにたどり着く道は、決して一本ではないということを学んだという。そして、そのゴールすらも、ときには変わっていいのだと。

「彼はもともと、小さい頃からNASAで働くのが夢で、宇宙工学を学ぶためにその道の名門、コロラド大学に留学したんです。それで、ついに夢が叶ってNASAでの仕事が決まった。有言実行です。すごいでしょう? ところが、卒業間際に、学生時代にかじっていたカメラを片手にアメリカ西部をキャンピング旅行をしているとき、ある事が頭をよぎった。NASAはたとえ自分が行かなくても、同じような能力のある人間を雇って変わらなく回り続ける。逆に同じ場所、同じ時間に、10人の人間が立ってそれぞれが写真を撮っても、自分が撮る写真は自分にしか撮れない。すると、“あ、自分が本当にやりたいのは写真なんだ”、と気づいたというんです。それで、あっさりNASAへ行くのをやめてしまった。それから日本に戻り、3年間の英語の先生をやりながら、下積み時代を経て、今では人気写真家として活躍している。あの潔さには本当に感服しましたね。」

「僕らの長い人生のなかで、結果というのはいつ出るかわからないものですよね。日本では、大学、高校へ行く受験の時点でまず結果を求められる。その次は、どこに勤めるか、年収はいくらか、結婚しているか、子供がいるかいないか... そういう結果がなかなか出ないことで挫折感を味わう人たちがたくさんいる。でも、本当はそんな必要は全然ないと思うんです。」
(引用元 http://newpeople.jp/travel/tsutsumi-1.html)
→こちらも見てみてください http://www.us-lighthouse.com/dreamers/e-11927.html


やはりすごい方ですね。辛くても好きだから続けられる。。。
世界は広い。自分の武器を見つけて、戦えるだけの人材に早くなりたいです。