4,5日前から、ネットの活用を始めた。これには理由があるが、この場では省く。

 まず手始めに、ツイッターからだが、これは2011年にアカウントを取ってから、8年ぶりのことだ。その昔、始めたときは1週間で止めてしまった。これにも理由があるが、この場では省く。

 10年近くの時間を経てからのスタートとなるが、まあ試行錯誤の連続、手探りでやっている。

 

 そんな中、一昨日あたりから、やたらと「表現の不自由展」についての話題が飛び交うのを目のあたりにする。そもそも、そんな展覧会など知らなかったし、その内容も興味を引くものではなかった。

 そして昨日、この展覧会が中止となるや、これについての賛否両論が最大の盛り上がりをみせた。

 「そんなにすごいニュースなのか」と思っていたら、今朝の新聞の一面に報道されていた。(これも「朝日新聞だからかもしれないが、、)

 

 ここではその内容の詳細を記することは省略したいが(興味ある人はネットででも検索されたし)、要は「表現の自由」に関するテーマに一石を投じたことが重要だ。

 私は、どのような状況でも「表現の自由」は守られるべきとの考えを持っている。それは多くの人々の感情に不快感を及ぼすものでも、明らかに道徳的、人権的にも不適切なものであったとしても、何かを表現する自由は大切なことである。

 

 津田某とかいう芸術監督が、偏った作品を展示して世間の顰蹙を買ったからといって中止にするのはどうかとも思う。主催者側は反対者によるテロの予告で安全上の問題が生じたとか言っているが、そもそもテロによる脅迫などをするヤツも間違っている。

 そして新聞紙面では被害者ズラをしている津田氏も、かつては様々なヘイトや反対思想のイベントを妨害してきたという胡散臭い経歴があるらしい。

 どっちもどっちの話だが、やはりそれでも脅迫めいた状況で、イベントを中止に追い込むことは良くない事例を作ってしまったように感じる。

 

 事の最大の問題は、公である行政が、よくよくその内容や開催後の世間的な影響を検討することもなしに、このような偏った思想や考えを持つ者を芸術監督としてイベントを主催させたことだろう。

 なんせ、この展覧会には補助金(これ、税金です)まで支出予定であるというから、河村名古屋市長が言うように「多くの日本国民の心を踏みにじる」というからには、最初からこんな酷いものは企画させなければよかったのだ。

 まさに、「後の祭り」だろうが、、、。

 

 「表現の自由」、それが反道徳的なエロ作品だろうが、人権無視の残虐作品だろうが、宗教上のタブーだろうが、またはヘイトスピーチだろうが、個人やその仲間が表現する分には、「表現の自由」は守られるべきだろう。

 しかし公共性の高いメディアで発表したり、公の場を借りて行うことには、一定の制限があるのは仕方がない事だ。

 児童ポルノのアニメだって、アングラなサークルのうちでは構わないが、公共のマスコミとされる新聞には掲載するのはマズイだろう。

 ヘイトスピーチだって、天下の公道でなら致し方ないが、たとえば新宿文化センターのような公共の場所では禁じるべきだろう。

 

 それにしても多くの人々のツィートを見ていると、どうして思想的な問題で攻撃的になるのか不思議だ。それも私のような政治に携わる者でない、普通の一般人が熱くなるのか不思議だ。

 「左翼」とか「右翼」とか、翼が付いている人々は苦手であるし、いまいちピンとこない。(「左翼」について苦手であると同時に、そのメンタリティーが嫌いであるけれど)

 自分たちの生活に直接的に関係ないことに、そんなにまで怒れることが理解できないし、そのエネルギーがどこから生まれてくるのだろうか。

 その点、身近な不満を訴えた「NHKをぶっ壊す!」の方が単純に理解できる。

 

 「表現の自由」を巡る問題が、左翼と右翼の不毛な争いに埋もれないことを願うばかりだ。