とても良い作品に再会した。遠い昔に読んだ本だが、 再び読み返してみると素晴らしい作品だ。



 「泥の河」   宮本輝著   角川文庫


 この作品は作者の芥川賞作品の「蛍川」とともに、川の三部作の一つだ。東京オリンピック前夜の日本の風景を描いたものだ。

 あの時代の風景が好きだ。貧しく、うら淋しい、たたずまい。とても懐かしい映像として、過去の時間から私を追いかけてくる。

 無秩序な活気がありながら、倦怠と憂愁に湧き立つような私たちの原体験。自分の幼年時代は貧しい環境にあったわけではないのだが、なぜか昭和の優しく懐かしい貧しく優しい風景が好きだ。懐かしい。

 あの時代にあっては多くの文章に描かれていたた元麻布や神谷町界隈の豊かなシーンでさえ、何か貧しさが感じられる。日本の国自体が、完全に豊かではなかったのだ。


 私はアジアの街角が好きだ。人が好きだとか、食べ物が好きだとか、そんなものではない。やはり街の放つ空気、その風景がすきなのだ。それはかつての東京の姿だった。

 放逸と憂愁、退屈と驚き、諦念と情念、そしてどこに行っても人間らしい感情の発散!

 美しい!


 それに対して現在の東京の街並みはどうだろう。豊かであっても、なにかプラスチックのようなよそよそしい排他感。結局は本質的には卑屈で、まがまがしい豊かさの過剰さだ。まるで銀座のクラブのようなインチキ臭さ。豊かであり、同時に卑しく貧乏なのだ。


 私は、貧しくとも心豊かな、あの風景を探していきたい。文学作品の中にしか存在しないなんて、あまりにも辛すぎるものだ。