危機に遭遇した時には、瞬時に判断を下して行動しなければならない。しかしこれがなかなか難しい。想定外の状況に置かれれば、誰でも気持ちは動揺するし、恐怖で判断力も鈍るものだからだ。誰でも生身の人間なのだから、この点はいたし方ない。


 だから、普段から将来のシュミレーションを常に想定していくことが大切である。ましては少しでもリスクを感じたならば、その時は先々に起こりうる事態について時系列的にシュミレーションしながら対応することが必須になってくる。あらかじめ考え抜いた予測パターンを持つことで、イザというときに冷静に無駄なく対処することができるというわけだ。


 そのため、行政においては様々な危機対応マニュアルが制作されている。これは行政施策としては当然のことであり、その有効性は一定の評価ができる。だが、これだけでは不十分である。

 いくら緻密に対応のためのシュミレーションを構築したとしても、危機に際して関係メンバーのうちに情報が共有されないと、この対応マニュアルは効率的に機能しない。大災害などで通信システムに不具合が生じたりして、各部署の間の情報伝達に支障をきたすような場合には、かえって対応マニュアルが存在することが、瞬時の現場判断を遅らせる結果にもつながりかねないのだ。ここに盲点がある。


 また大災害によって情報システムが寸断されるといった不可抗力による情報遮断だけでなく、「瀬戸際戦略」が行われることによる意図的な情報遮断も起こりうる可能性すらある。

 だいたい危機に際しては、誰もが自分自身を守ることを最優先するため、誰が味方で誰が敵かも分からなくなることさえあるのだから。


 リスクと情報については、このリスクのシリーズ前半で言及したが、このような要素も十分に加味したうえで、リスクに対応したシュミレーションを展開しなければならない。そのため危機に際しては、物事の決定権者は少数の方が良い。

 これは戦国時代の「小田原評定」の結末や、危機動乱にあって独裁者が出現することからも、よくわかる事実である。