これはリスクの話。そしていかにしてリスクを回避しようかという話。
前回まで現代社会における実際の状況と私たちが認知する感覚とのズレが、私たちが現在直面する最大のリスク要因の一つであるとの言説をしてきた。
これに対して、多くの人々がしようとする行為は、当然のことながら何とかそのズレを縮めようとすることだ。そのためには実際の状況に対応するような能力を獲得しようとする。しかし、これが問題だ。その試みは不可能とまではいわないが、とても難しいことだからだ。
昔の牧歌的な時代、私たちの生活や営みは、そのほとんどが自分たちがきちんと認識して制御できる範囲にとどまっていた。しかし高度な技術改革、情報化の進展により、個人や特定の集団にとっては、その状況を的確にとらえることは非常に困難になってきている。
前に例に出した移動手段や原発事故の話を思い出してほしい。「徒歩」「自動車」「飛行機」というやつだ。徒歩よりも自動車の方がリスクが高いのであるならば、運転技術をいっそう磨けば良いというのか。飛行機の操縦もできるようになれば良いというのか。ゴルゴ13のような超人的な人物ならば、危機に際して飛行機の操縦くらいはこなしてしまうかもしれない。しかし、いくらゴルゴ13のような超人でも、原発事故などには、とても適切に対応できるものではない。
だから、人間の力で悪戦苦闘しながら状況を支配しようとするよりも、むしろ現状況を大きなリスクを内包した状況であると素直に認識する方が、リスクを軽減するためには有効である。
たとえリスクそのものを回避することはできなくとも、その被害を最小限に食い止めることは可能である。それが真の意味での知恵というわけだ。