be natural

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きままにいこう

Amebaでブログを始めよう!

東日本大震災


あの悪夢の日から1年…泣


あれ以来

ブログに向かっても

何も書けなくなってしまいました 汗


書きかけても

途中で言葉が続かなくなりました




計画停電などが解除され

変わらない日常が戻っても

心は落ち着かなくて



何かしなくては

私に出来ることは?


このままでいいの?



ただもやもやと

キモチが漂い続けていました



いてもたってもいられず


3月下旬

ダンスの仲間たちと共に

“Dance for JAPAN”というプロジェクトを

立ち上げました


5月、
「チャリTシャツアクション」としてTシャツ

友人のデザイナーの協力を得て

Tシャツを作成し


ダンスのネットワークで

ずっと震災を忘れずに 

みんなで支援していこうと動き始めました



震災で親を失った子どもたちをサポートしたいと

震災孤児への支援を中心に

ダンスイベントで販売したり

仲間たちのネットワークで活動は広がっていきました



当初50枚で細々と始めたアクションは

たくさんの賛同を得て

2度の増刷


150枚の販売を達成しました!



ご協力いただいたみなさま

本当にありがとうございましたスキ




ちいさなちいさな活動だけれど

微々たる金額でしかないけれど

ほんの少しでも

被災地の力になれたら…


そこに賛同してくださった

すべての人の想いとともに…




この1年は

毎週末のようにリハーサル


Tシャツを抱えて

ダンスイベント出演を重ね


ダンスを踊り

売り子もやり


チャリティ活動に明け暮れる日々を

送っていました
be natural



あれから1年という月日が流れても

被災地の状況は厳しいままです



今日 14:46に

静かに黙祷を捧げ


これから先も

日本が受けたこの痛みを

忘れることなく歩いていこうと


想いを新たにしています




PS-----------


今日を節目に

また少しずつ

ブログに向かえたらと思います。


いつも待っていてくださるみなさん

ゴメンナサイ。


そして、ありがとうございます。


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先日 震災のニュースで
聴いた忘れられない曲


それは
被災地の学生たちが
避難所で歌っていた合唱曲 音符


優しいメロディもそうだけれど
歌詞がとても
被災地の今に重なって


ココロをぎゅっとつかまれた
涙が止まらなかった なみだ


避難所にいる人たちも
ハンカチで目を押さえて
涙を流して聞いていたあの歌


どうしても
もう一度聞きたくて


歌詞を頼りに調べました


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キラキラ あすという日が キラキラ


作詞 山本 瓔子
作曲 八木澤 教司


大空を 見上げて ごらん
あの 枝を 見上げて ごらん
青空に 手をのばす 細い枝
大きな 木の実を ささえてる
いま 生きて いること
いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい
あすと いう日が あるかぎり
しあわせを 信じて
あすと いう日が あるかぎり
しあわせを 信じて


あの道を 見つめて ごらん
あの草を 見つめて ごらん
ふまれても なおのびる 道の草
ふまれた あとから 芽ぶいてる
いま 生きて いること
いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい
あすと いう日が くるかぎり
自分を 信じて
あすと いう日が くるかぎり
自分を 信じて



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この歌のように


明日という日がある限り
前を向いて
一生懸命生きること


自分を信じて
幸せを信じて
歩いていこう


日本は必ず
明日という明るい日を
創ることができるから


被災地のみなさんとともに
私も頑張りたい


そう思っています



悪夢の1日となった

2011年3月11日 

あれから1週間が経ちました 汗


親しくしていただいているブロガーのみなさん

読者のみなさん

ご無事でしょうか・・・祈



あの日 私の住んでいるエリアは

「震度6」を記録し

職場から帰ったとき

辺りは停電 


信号は停止し

交通整理を行なう警察官 交差点


真っ暗な店内で営業を続けるコンビ二

そのレジに列をなす人たち


何だか異様な光景がありました


自宅は12階

エレベーターも止まり

階段を必死に上がる


おそるおそる開くドア


暗闇の中、

玄関で立ち尽くす


姿見用の鏡が

横倒しになって通れないことを理解するまでに

数秒かかりました


ゆっくりと足下を確かめながら中へ


所々に物が散乱していることが

何となく感じられました


最後に見たキッチンに愕然 泣く


オイルポットや調味料のラックが倒れ

床に散乱し、足の踏み場もない

オイルと調味料がぶちまけられた状態で

とにかく油だけは先に処理しなくてはと

小さな明かりを頼りに

何枚ものタオルで油を吸収


食器棚のレール状の引き出しは

すべて飛び出しているし

並べてある食器の一部も

破損していることがわかりましたが

暗くてよく見えない部分もあり

とりあえず放置することに


断水でトイレも使用できず

携帯もつながらず

ただただ暗闇の中で

主人の帰りをじっと待ちました


22時を過ぎて

やっと主人が帰宅


翌日も仕事の主人のために

電気のついている実家に向かおうとしましたが
大渋滞のため車はほとんど動かず 渋滞

途中で引き返しました 


やっとのことで戻ってきたのは夜中の1時頃

電気は復旧していました

それでも、関東でも余震が続いていて

結局私は眠れないまま

朝までリビングで過ごしました



翌日

被害状況が見えてくるにつれ

私のこの1日など

被害のうちに入らない


そう思いました


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あの日から1週間

まだ被害の全貌は明らかになっていません


でも

みんながひとつになって

東北を

日本を救おうと

必死になって闘っています


住民の方々はもちろん

自治体の方々

警察の方々

医師や看護婦さん

介護士さん

保育士さん

東電の作業員の方々

政府関係者

自衛隊の方々

小売店のみなさん

鉄道や物流関係者のみなさん・・・


自身も被災者でありながら

地域のために取り組んでいる人も

数多くいます


そして

あんなに恐ろしい被害にあった中でも

支援の手に対する

「ありがとう」を忘れない


助けていただいて…と

感謝を表す被災者の姿


ゆずりあい  たすけあう


日本人って素晴らしいと

私は感じています


そんな日本の素晴らしさを救うために

日本のみならず

世界各国からの支援の輪も広がり

感謝のキモチでいっぱいになります


確かに、

被災地以外の生活も混乱している

職場も混乱している

それは事実



だけど


今、自分に出来ることを

それぞれが

それぞれの立場で

ひとつひとつやるしかないんだと思います


募金でもいい

節電でもいい

外出を控える

物資を集める


買い占めをやめて

「ウエシマ作戦」を決行する

なんでもいい


自分にできることを…





一部の学者や政治家が

東電や政府の対応を

簡単に批判するのが

本当に許せないです


現場はみんな必死なんだ

最善の策を講じようと努力している


批判するなら

自分が何か行動すればいい


キレイにスーツを着て

明かりのついた場所から


真っ暗な中

作業着に 髪を振り乱して

食事も睡眠もろくに取れずに

懸命に働いている人たちを


言葉だけで覆うのはやめて欲しい


私たちが出来ないことを

彼らは必死でやっているのだから




批判している時間があったら

他に自分の出来ることを探して欲しい



被災地のみなさんのために


日本の未来のために・・・


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あの日から1週間

今日の神奈川はあたたかくおだやかです・・・太陽


こんな穏やかな1日を

少しでも早く被災地のみなさんに届けたい



そう心から願っています