雪が融けてきたと思ったら

また雪が降る。


太陽が照って暖かいと思ったら

また雲で陰って寒さを感じる。



今朝は陽射しがあったのと

最近ハマってる

お掃除YouTubeを見て

掃除欲が湧いてきたので

お風呂そうじ。



今日はウタマロ 一本で✨



マメにしないから

浴槽の黒ずみと

窓枠パッキンのカビが落ちない泣き笑い



なんでも日々の積み重ねね。


天気で気分は

常々変わるし


体感温度で

ご機嫌も変わる。


香りも

触れる素材も


美味しい、不味いでも

なんでも機嫌に影響ある。


自分の機嫌取るのって

結構、大変だったりするよね。



でも

自分を不機嫌のままにしておく方が

マジで大災害になる。


回りにも

ほんと迷惑かけるからね。



自分の機嫌は

責任持って取らないと。


と、痛感しております。



やるべきことは

自分の機嫌を

日々、取ることニコニコ



掃除してて

ご飯作って

あったかい部屋を準備して

そう思った❤️


さぁ~て♪

バイト行ってきまっすニコニコ





時間配分は

いかにようにでも変化する。


夜のバイトはじめて

間もなく3ヶ月。


0:00頃に帰宅し

はじめは疲れて

そのままソファーで

朝まで寝たりしてたのが


今はこの時間まで

洗濯、洗い物等々し出して

お風呂も入ってベッドで眠る。



身体とか、脳とか、

人間は柔軟な生き物だと思った。



朝も

お弁当作りで

間に合うように起きて


日中も

買い物やら、用足しやら

なんやかんやと動き


また夕方から

バイトに向かう。


雪が溶ければ

昼間のゴルフ場の仕事も入る。


年齢とかって

実は

無関係なんじゃないかな。



若いからできるとか

年かさねたから出来ないじゃなくて


洗脳されてたり

大多数の人が口々にする

もう、年だから

とか


40越えたらこうなる

50越えたらああなる

60超えたらこうなった


なんて言葉を鵜呑みにして

いつしか

そうなってしまってる

だけかもしれない。



自分よりも年齢うえの人が

めちゃくちゃパワフルで

活動してる人

何人も見てる。



自分よりも

肌艶よくて


活発で

声も大きくて

めちゃくちゃ人生楽しんでる人

たくさん会ってる。


イキイキしてて

お洒落で

子どもっぽくて

お茶目で


困難を楽しみに変えて


人生、一度きりだよ!!って


腹から笑って生きてる。



私、そう生きたい。


そう、生きる。



明日も目一杯楽しむ!!



久しぶりにときめいた
キラキラしたもの❤️

可愛い。。❤️




不安なときは

不安なものから

目を外す。


VRを外すように

自分に戻る。



はい幻想ー。


幻想が見たいから

エアVRを装着する。


幻想を体感したいから

あえて

エアVRを装着してることを

確認し、承認する。



VRの幻想は

触れる範囲に居ないことを

わかったうえで

ゲームに参加する。


幻想は私を殺せない。


私は幻想を操れない。


操縦可能は


私の思考

私の心

私の動き



どれも訓練あるのみ。


慣れさせるまで

しつこく

私を操縦するのだ。


その

エアVRじゃ

退屈しのぎ程度は可能でも


私の満足値には

到底とどかんぞ。



私を操縦せよ。






人生に文句言いながら
人生はほんの一瞬だと
きっと誰もが知ってるんだ。

どんなに嫌になっても
どんなに喧嘩しても

そんなことこそが
生きてる証なんだと
知ってるんだ。

だからせめて
伝えたいことは
その時に伝えようと思うんだ。

嫌い!でも
好き!でも
嬉しかった!でも
寂しかったよ。。でも

行き着くところは
ありがとう。しかなくて。

それしか、なくて。

明日目が覚めたら
会えない人もいて。

明日、覚めることのない
自分がいるかもしれなくて。

だから
呼吸して
言葉を交わせる今

伝えたいことは
伝えようと思うんだ。




#こてつ
#優しいこてつ
#可愛いこてつ
#沢山の愛をありがとう

私は田舎暮らしなんだけど。




田舎の風習って

だいぶ軽くなってきたとは思うんだけど

まだまだ残ってるし


消す必要もないんだろうけど

薄く成らざるをえないのが

現実なんだと思う。



わかりやすい例が

ご近所さんが亡くなったときかな~。


私が小さい頃

祖父が死んで


お逮夜という日にちが設けられ

部落の全世帯の代表が集い

長~い数珠を皆で囲み


南無阿弥陀仏と唱えながら

その長~い数珠を回し

大きな球が自分に回って来たときに

オデコ辺りに上げる


という慣わしがあった。



回す回数は覚えてないけど


それが終わると

菓子やら果物やらを準備し

亡き人の話をする。


みたいな感じがあった。



それを二夜連続するのだった。



その次の日には

火葬をし

告別式をし

部落内の親戚や

同じ班の世帯は

法要に出席する。



数日かけて行われる

亡き人を偲ぶ会。



私は、そう認識していた。



でも今は

なかなか難しいんじゃないかなぁ。


昔とは

仕事も変化して

生活も変化して


ご近所さんの最後に

それほどの時間を費やすことは

なかなか大変なんじゃないかな。



部落の誰かが入院すれば

お見舞い金額も決まってて


退院したら

葉書でそれを知らせて


それに

何の意味があるんだろうか。


見方によっては

結束?

団結?

地元愛?


お互い様の助け合い?



疑問はきっと

皆持ってるはず。



その会議をするのが総会。


区長さんを筆頭に

改善したり、継続したり。



子どもながらに

わけわからん。と

思ってた。



不幸があるたび

私にしたら他人のご近所さんが

家の冷蔵庫と台所を占領して


料理作って

あれして、これしてと指示されて


あれはどこ?

これは捨てて!


終わった後には

まぁ~ず!

あそこの家は汚いとか

物が多いだ、少ないだ。


噂話のネタになり。



そんな部落が嫌だった。



さっさと家を出たくて

17才で出たものの


兄が死んで

私が家を継ぐことになり


その後

父が亡くなった時


思いきって提案した。


お逮夜、辞めよう。


それから

部落でのお逮夜の風習がなくなった。



なんかブーブー言ってた人たち

居たらしいけど

関係ないよ。


不要なものは不要だもん。



そして思うのがね


昔からの風習の意味を

みんな知らない。


知らないのに

昔からのことだからと口にして


破ったらバチが当たりそうって

やってる人が殆ど。



私、親に聞いても

答えられなくて

区長さんに聞いても

答えられなかったから


んじゃあ、辞めようよって

親に言った。


辞めたい人多かったんじゃないかな?

実のところは。


日がたつに連れて

母親から言われたもん。


みんなこそこそっと言ってくるんだ。

あれ、辞めてもらって助かった!って。



こそこそ言うのは

自分は言いたくないし

言えないし


言い出しっぺになりたくない。


それだけの理由で

慣わしに沿ってたわけなんだろうし。



結果、良かったじゃん❤️


ってゆう

田舎あるあるね。