私は田舎暮らしなんだけど。




田舎の風習って

だいぶ軽くなってきたとは思うんだけど

まだまだ残ってるし


消す必要もないんだろうけど

薄く成らざるをえないのが

現実なんだと思う。



わかりやすい例が

ご近所さんが亡くなったときかな~。


私が小さい頃

祖父が死んで


お逮夜という日にちが設けられ

部落の全世帯の代表が集い

長~い数珠を皆で囲み


南無阿弥陀仏と唱えながら

その長~い数珠を回し

大きな球が自分に回って来たときに

オデコ辺りに上げる


という慣わしがあった。



回す回数は覚えてないけど


それが終わると

菓子やら果物やらを準備し

亡き人の話をする。


みたいな感じがあった。



それを二夜連続するのだった。



その次の日には

火葬をし

告別式をし

部落内の親戚や

同じ班の世帯は

法要に出席する。



数日かけて行われる

亡き人を偲ぶ会。



私は、そう認識していた。



でも今は

なかなか難しいんじゃないかなぁ。


昔とは

仕事も変化して

生活も変化して


ご近所さんの最後に

それほどの時間を費やすことは

なかなか大変なんじゃないかな。



部落の誰かが入院すれば

お見舞い金額も決まってて


退院したら

葉書でそれを知らせて


それに

何の意味があるんだろうか。


見方によっては

結束?

団結?

地元愛?


お互い様の助け合い?



疑問はきっと

皆持ってるはず。



その会議をするのが総会。


区長さんを筆頭に

改善したり、継続したり。



子どもながらに

わけわからん。と

思ってた。



不幸があるたび

私にしたら他人のご近所さんが

家の冷蔵庫と台所を占領して


料理作って

あれして、これしてと指示されて


あれはどこ?

これは捨てて!


終わった後には

まぁ~ず!

あそこの家は汚いとか

物が多いだ、少ないだ。


噂話のネタになり。



そんな部落が嫌だった。



さっさと家を出たくて

17才で出たものの


兄が死んで

私が家を継ぐことになり


その後

父が亡くなった時


思いきって提案した。


お逮夜、辞めよう。


それから

部落でのお逮夜の風習がなくなった。



なんかブーブー言ってた人たち

居たらしいけど

関係ないよ。


不要なものは不要だもん。



そして思うのがね


昔からの風習の意味を

みんな知らない。


知らないのに

昔からのことだからと口にして


破ったらバチが当たりそうって

やってる人が殆ど。



私、親に聞いても

答えられなくて

区長さんに聞いても

答えられなかったから


んじゃあ、辞めようよって

親に言った。


辞めたい人多かったんじゃないかな?

実のところは。


日がたつに連れて

母親から言われたもん。


みんなこそこそっと言ってくるんだ。

あれ、辞めてもらって助かった!って。



こそこそ言うのは

自分は言いたくないし

言えないし


言い出しっぺになりたくない。


それだけの理由で

慣わしに沿ってたわけなんだろうし。



結果、良かったじゃん❤️


ってゆう

田舎あるあるね。