必要な本があったので、私は図書室を訪れた。

あれこれと探している間に、意中の本は何とか見つかったものだが
いざ、貸し出し用のカウンターへと本を持っていくと、どうやら何かしらの事情で
この本を借りることはできないらしい。

(その時、視界にちらと見えたのは、恐らく今は警察官になっているK君だろう)

そういうこともあるかと、私が本を書棚に戻すと、K君から電話が架かる。

断っておくが、前述の、警察官になったK君のことではなく
まだ学生をやっているはずのK君のことである。

しばしK君と電話をして、どうやら懐かしい気持ちになったように思う。


そして私は、間もなく魔術師がこの図書室に現れることに気付いた。
三角の帽子を被り、大仰な外套を纏った、あの青くて黒い魔術師のことである。

魔術師の狙いは前々から分かっていて、あの姉妹の姉(Rのこと)を殺したいはずなのだ。

また、Rが死んでしまえば自分たちも安穏と生きてはいられないことを、私たちは知っていた。
だからこそ、Rの妹も、エンジニアのSも、あの傲慢で博識な男(顔は覚えていない)も、
魔術師の思い通りにはさせまいとしていた。

しかしながら、Rは死んでしまった。
我々の抵抗空しく、魔術師の棘はRの胸を刺し、命を奪ってしまった。

中でも悲しんだのは、エンジニアのSである。
彼は悲しさに、悔しさに、その他すべてに、床に這い蹲って泣き続けた。

一方、傲慢で博識な男は、図書室の壁に奇怪な穴を空けると、
これからどうするべきかを皆に提案した。

「この穴にRを投げ入れよう。」
「Rをここではない何処かへやってしまおう。」
「ここではない何処かであれば、Rが死んだことにはならない。」
「今の瞬間を無かったことにしよう。別のところであれば、Rは生きていくことができるから。」

すべて無かったことにしていいのか、私は反論したように思う。
だが事実として、Rが死んでしまえば私たちも生きてはいられないことは明白だ。
とどのつまり、彼の提案通りにするほか術はないのだ。

私たちは、Rの死体を穴へと放り込んだ。
壁にぽっかりと口を空けた穴は、ぐるぐるとRを飲み込んでいった。

「私も一緒に行く。」

そう言ったのはRの妹である。
傲慢で博識な男は、特に引き止めるつもりもないようであったが、彼女にこう言った。

「生きている君が穴に入ったとて、Rと同じところに行けるものではない。」
「その可能性もないではないが、ほぼ間違いなくRとは違うところに行くだろう。」

しかし彼女の決意は固く、Rの妹もまた穴の中への身を投じてしまった。

私とSは、ただその様子を見ているだけだった。


私が「展示場」を訪れたのは、それから数年後のことである。
「展示場」は、ある科学者の発明を収めたものであると、かねてから聞いていた。

室内には機械仕掛けの古代生物や異星人などが展示されており、
奇怪に入り組んだ通路や階段と相まって、さながら迷宮のような有様であった。

幸いにも無機質なデザインであったから清潔感もあったが、もしこれが有機的デザインにより
構成されているものであれば、嘔吐を催していたことであろう。

広大な「展示場」をうろうろとしているうち、自動階段を上っている科学者の一団と擦れ違った。
私はそこに知っている顔を、年老いたSの姿を見た。

声をかければSも私の存在に気が付いた。
聞けば、最近亡くなったと評判の著名人Sが、私の知っているSのことであった。

Sと再会したことで、私はRとRの妹がいなくなってしまったことを思い出し、
恥も外聞もなく泣き崩れた。


夢の中で、私はあの目つきの悪い男だった

駅を降りて、隣の駅の方へとまっすぐに歩くと、向かって右側には私の祖父母の家があり、
さらに先へと進むと、右手に曲がる脇道がある。
タバコ屋へと向かう道のことだ。

その道の途中、新しくできた輸入雑貨屋があり、私はそこで勤めていた気がする。

しかし、今の私にとっては、とにもかくにも仕事がないのだ。

働くところもなく、帰るべき家はなく、

身を隠すべき砦からは追い出され、仕事をしようにも道具がない。

誰かに盗られることを心配をしながら、私は祖父母の上の近くの石垣に自転車を停めた。


青白く光る岬、燦々と降り注ぐ月の子らの下で

都から来た青年は人魚と出会った


なんとも言えない輝きを放つ水面を背にして、

流れる髪を梳っては、美しい娘は港の岩を濡らしている


絡みつく藻を振りほどいては、青年は岩場へ近づくと

瑠璃色の妖精の横に腰を下ろした


辺りには、ひんやりとした霧が漂いはじめ、

潮騒と、泣く子らに似た鳥の声が遠くから聞こえる



ねぇ、お願いだ、美しい人

髪を辿る、その細い指を休めずに

ただ、耳を傾けて欲しい

僕の後悔と、懺悔の声に



青年は歌った

彼の故郷を懐かしむ歌を

なくなってしまった故郷は、ここよりわずか数日の距離だけれど

今や彼が国に見るものは、恥辱と郷愁ばかりであることを


青年の声が藻草を揺らし、水面に緑色の波紋を広げると

水晶のように透明な波紋が後を追いかけていった




ねぇ、美しい人、

君の声が宝石であれば、どんなに良かったろう

君の声が玉ならば、どんなに高価な石だとしても、

君、僕はきっとそれをポケットにしまって、

どんなに深い海の底にも潜っていくだろう



真夜中の逢瀬は幾度も続けられた

日輪がめぐった数は確かでないが、

沖にかかる星の形は変わらぬままであった



ねぇ、美しい人、僕はいかなきゃいけない

いかなきゃいけない、ただそれだけのことなんだ

きっと星のせいじゃなく、僕はあの、日の光だけが恨めしい



青年は牢獄の中で、幾度も思い出すだろう

四角い空をあの星がよぎるたび、硝子の影を


少女が青年のことを思い返すか、それは知らない

ただ青白い港に郷愁の歌声が響くたび、

船人は陰鬱に頭を垂れるだろう



青年は、主君の命を果たすことができず

少女は男を食らう海の化け物、

港に残ったのは、それだけが事実



きっと彼らの気持ちを知るものは、

少女の首に飾られた、銀の指輪と、一筋の痣








仕事も終わり帰ろうとする間際、

何か追加の用事が増えた

何か追加の用事を片付けた帰り道、

役員に呼び止められた



役員と飲んでいる途中、

何かの都合で離席した気がするが

どんな内容だったかは覚えていない

席に戻ったときに役員がいたか、

そもそも席に戻ったのかも鮮明に覚えていない



よろよろと家路につき、タクシーを呼び止めようとしたが

再会した役員がタクシーの乗ってしまったため、

私は徒歩で帰ることになってしまった



新宿のガードの上をゆっくりと歩く

剣道の練習をしている若者たちを眼下に見ながら



歩道と車道の間を、低く積まれた赤レンガが区切るあの道に着いた

もう私の家も近い

そして私の育ったあの町も



ここから私の記憶は、ひどく曖昧になってくる



きっと閉鎖されたあの町で、洪水が起きるように思う

懐かしい人に会った、あれはUさんとNさんだ

もう十数年ぶりだろうか、きっと綺麗になった

でもこんな子たちじゃあなかったのに

閉鎖されたあの町で、洪水が起きた

私は逃げる、逃げる、きっとあの人は逃げ遅れた

町と一緒に、水の底に沈んだ

洪水が起きた町の跡で、懐かしい人に会った

あれはUさんとNさんだ

きっと彼女らも水の底に沈んだ

懐かしいUさんとNさんと話をする

水の底に沈んだ人のことを

きっと大事な人だったように思う



沈んだのはあの人なのか、

UさんかNさんか

それとも沈んだ街の跡で

UさんとNさんと話したか、判然としない



私の育ったあの町には、きっと昔、大きな水源があった


コンビニで立ち読みをしてきた帰り、

不審なものが後をつけてくる

私はバラバラにされて殺された



あくる日も、私はそのコンビニに立ち読みに行った

私をバラバラにしたものを探すために



それが男であったか女であったかは定かでないが

ひどく恐ろしいものであったことは覚えている



しかし、いざ身構えてみると、なかなかそれには遭遇しない

根気よく待ち続けたところ、それらしいものは見つかるのだが

それにしても人違いなのだ



業を煮やした私は、さる洞窟までそれを探しにいった

洞窟内の部屋には、何か小さいものがチョロチョロと走り回っている

捕まえてみると、果たしてそれは小さな猫だった

二足で歩く、柔らかい、妖精のようなもの



私の右手の中のそれは、彼らのまじないめいたものを唱えた

彼らはその生涯で1度だけ、何者かの小規模な望みを叶えることができるという

そしてその願いを聞き届けると、すっかり人形のようになってしまう

そいつは私の手の中で、みるみる硬質化していき、置物のようになってしまった



どうやら私は、あの兄弟たちのようになったらしい

あの精悍な青年は、むさくるしい格好をして

あの老紳士は、小汚い老人となった

無残なものだ



私はその囚人地区を抜け出すため、看守たちの見守る中

受刑者たちの行列へと並んだ

この列の先には扉があり、それを越えれば一時的に外に出ることができる

もっとも、監視付きの一時的なものだが、自由になるための賄賂を手配することはできる

私は商店のATMで日本円を引き出そうとしたが、そのATMでは不可能だった