都市創りが終わったとしても、台湾の国造りはまだ完成していない。

台湾の人々が、日本の統治から独り立ちして、自ら国を運営できるようになり、

国造りの礎を作った日本に感謝して、日本の植民地になってよかったと思ってもらえる時に統治は完了する。


後藤新平


特に野球が好きというわけでもないのに、WBCの時期はつい夢中になってしまう。

なかでも台湾との激戦は、本当に魂が震える思いでテレビにくぎ付けになってしまった。


しかし、ボクが全然知らないところで、こんなイキなことを呼びかけた日本人がいたらしい。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

SNSって、いい使い方をすれば、こんなに人は輝くんだと思わせていただいた。

日本人のファンは、球場から台湾の選手たちに「ありがとう」の思いを込めてメッセージを伝えるプラカードや横断幕を掲げて、双方を応援したのだ。


結果、8回表から日本の反撃が始まり、延長10回で逆転して日本が勝利!!

そのあとの台湾チームが、素晴らしすぎる


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

まるで高校球児のような礼儀正しさ

ボクはただ、戦った相手と戦わせてもらった場に対する礼儀だと思っていた。

もちろんそういった意味もあるのだろうけど、あのお辞儀は日本のファンに対してのお礼だったのだ。



ご承知のとおり、東日本大震災の時に我々日本人は、台湾の方たちからもっとも多くの支援を受けた。

義捐金は約200億円、物資は400t、そして翌日には人的支援までも!!

そのご恩に対する「ありがとう」を、2年経ってやっと伝えられたのだ。


3月11日に行われた、両陛下をお迎えしての「東日本大震災慰霊式典」

安部総理は、台湾からの使者に指名献花をお願いした。

しかしながら昨年の式典では、中国政府に気をつかい、列席された台湾政府の方のお名前すら読み上げなかったという。


なんて愚かなことをしてくれたもんだと、今更野田総理のことを非難しても遅い。

それよりも台湾の方々に、我々日本人は礼を尽くせることが嬉しいじゃないですか!!

そして真摯に答えてくれた台湾チームの選手のみなさん、ほんとうにありがとう。

後藤新平翁の願いが、約90年の時を経て現実になったような気がする。

WBCは残念ながら、プエルトリコに負けてしまった。

試合の全貌を見ていないし、特別野球に詳しいわけではないが、三連覇を期待される重圧の中でよくがんばったんじゃないかと思う。


そうはいっても、日本のマスコミのえげつなさは、ほとほと残念だ。

負けた途端に、侍ジャパンをバッシングしまくり!!

「そんな書き方しなくたっていいじゃん」と思ってしまうのは、ボクだけだろうか?


ただ一点だけ、ボクも違和感を感じてしまったことがあった。

2次リーグ1位を決めた、日本での最後の試合で、オランダに勝利した時のインタビュー

お立ち台に呼ばれたのは、1イニング2ホームランを打った阿部慎之介さんだった。


阿部さんはボクも大好きな選手の一人だし、ヒザの故障というハンデを抱えながら、キャプテンとしてチームをけん引してきた功績は素晴らしいと思う。

ただボクはこの日の阿部さんのコメントに、強烈な違和感を感じてしまったのだ。


「浩二さんを男にします!!」


球場にいたファンは、拍手喝采で喜んでいたが、ボクは一気に気持ちが覚めてしまった。

「浩二さん」とはもちろん、山本浩二監督のこと。

ボクの感覚で言うならここは「山本監督を男にします」だと思わずにいられない!!


侍ジャパンの中には、阿部さんよりも年上の井端さんや稲葉さんがいる。

その先輩選手に対して「さん」をつけるなら、まったく違和感を感じない。


でもお世話になっている監督に対して「さん」付けをするのは、あまりにも言葉が軽くないか?

阿部さんは、原監督のことも「辰則さん」と呼ぶのだろうか?

それに対して、山本監督やコーチ陣は、誰も注意しなかったのだろうか?


つまらないこだわりかもしれないけど、それまでの試合がすごくよかっただけに、すごく残念でならない。

お互いに尊厳をもって接する気持ちは、どんなチームでも忘れてはいけないことだと思う。

魅力的な唇のためには
優しい言葉を紡ぐこと

愛らしい瞳のためには
人々の素晴らしさを見つけること

スリムな体のためには
飢えた人々と食べ物を分かち合うこと

美しい身のこなしのためには
決して一人で歩むことがないと知ること


オードリー・ヘップバーン


元ネタは、毎週「週刊キャッチボール」というタイトルでメルマガを送ってくれる、シンプルタスクでナニメンさんの秘書を務めるくりこちゃん。

うちのかあちゃんが、オードリーが大好きなので、彼女の本も読んだことがあるが、この言葉は知らなかった。いや、気づいていなかった!!


世界的に知らない人がいないくらいの名女優さんだが、オードリーのすごいところは、ただ単純に綺麗で演技が上手ということじゃなく、生き方そのものが美しいこと。


少女時代に戦争に遭い、貧困から救われた体験を忘れず、晩年はユニセフを通じてチャリティーやドネーションに命を捧げた

その行為に、偽善的なものは一切感じられなかった。


そんな生き方をしてきた彼女だから、この言葉にも深く説得力がある


「人は外見だけで判断しちゃいけない」と言うけれど、同じ綺麗な女性でも、内面から出てくる美しさと、演出している美しさの違いくらい、ボクにも分かる。

いい言葉をつかって、いいところを見つけていれば、細胞だって嬉しくなってくるだろう


うちの娘たちは、8歳と1歳の現在、残念ながら父親に似た顔立ちの為、愛嬌でカバーしている(笑)

笑顔で生きることを踏まえたうえで、上の四つの言葉を意識しつづけたら、お父さんもドキッとしちゃうような美人姉妹になるだろうなぁ

ということで、ボクは二人が揃っているときに「よっ、美人姉妹」と声をかけることで、彼女たちの脳を活性化させようと日々努力している(笑)

はきものをそろえると心もそろう。
心がそろうとはきものもそろう。
脱ぐときにそろえておくとはくときに心が乱れない。
だれかが乱していたらだまってそろえておいてあげよう。
そうすれば世界中の人の心もそろうでしょう。


藤本邦雄


もう一週間前の話だが、買って一か月ほどの革靴がなくなってしまった。

場所は息子の中学校の体育館

そう、中学校の卒業式が終わって帰ろうとしたその時だった。


下駄箱に残っていたのは、明らかに自分がはいてきたのとは違うタイプの靴だけ

「こりゃ誰かが間違えたな」と思って、教室の前で最後のHRを見学し、間違えた人が靴を戻しに帰ってくるのを待つことにした。


30分後、下駄箱には一足の革靴があるだけ。

もちろんボクのものではない。

1時間後、状況変わらず!!

これは完全に、間違った持ち主がそのまま帰宅したに違いない。

居酒屋じゃなんだからさっ!!


そんなわけで、車にたまたま積んであったゴルフシューズを取ってきてもらって、それを履いて帰宅した

その後学校から、靴が見つかったという連絡はなく、真相は謎のまま

いつまでもこのままでは仕事に支障がでるので、結局新しい靴を買うことになった。


その経緯を家で話していたところ、昔から気づきの鋭いおふくろが、こんなことを話してくれた。

「靴がなくなるってことは、足元を見つめなおせってことを教えてくれているんじゃないの」


なるほど!!

確かにここ最近は、社内でも家庭でも、本来のあるべき姿から遠ざかっていたかもしれない。

いやシゴトを疎かにしているつもりはないが、ジグソーピースのパズルが、どうもしっくりこない日々が続いていたのである。


こう見えて、履き物を揃えることについては、かなり意識して実践している。

冒頭の詩のとおり、はきものが揃っていない状態を見ると、心がそわそわしてしまうのだ。


ただこの日は、どうだったろう?

下駄箱の中に入れたものの、踵を揃えていたという確信がなくなってきた。

ハレの日に、足元を見つめなおせというメッセージを伝えてくれたことに感謝して、自分の足元を固めていくことを日々意識していこう!!


でもさぁ、靴、特に革靴って、足を入れた瞬間に違和感感じるもんじゃない?

間違えた人は、よほど鈍感な人なのかもしれないよねぇ(^-^;

経営者は、ある意味一国一城の主なわけで、社員という国民に対してのある種の権力も持っています。

そんな経営者が、一回の食事の感謝すら出来なくてはどうなのでしょう。
「偉そうに指図するくせに『いただきます』も出来ないのか、ウチのボスは」
と思われても仕方ありません。


指宿大志


指宿君 は、僕らの会社のウェブサイトを作ってくれ、更新のアドバイスをしてくれるパートナー。

見た目は確かに、ITマーケティングの経営者っぽくて紳士的な感じだけど、中身は江戸っ子らしく、どこか「べらんめぇ」なところが好きだ。


そんな彼が書いているブログに載っている言葉に、ちょっとドキッとした。

というのも、ボク自身はどうだろうと考えた時、言い忘れている時がけっこう多い気がしてきた。


家で食べるときは、無意識に「いただきます」を言ってから食べている。

外で食べる時も、誰かと一緒に食事をするときは、まず間違いなく「いただきます」を言っているだろう。


問題なのは、一人で食事をしている時だ

ラーメン屋さん、カレー屋さん、蕎麦屋さん、丼物屋さん、回転寿司・・・

多分「いただきます」と言わずに、箸をつけているだろう。


運んでくれた店員さんに「ありがとう」と言う習慣はあるけれど、お料理を前にして「いただきます」と声をかけることはない。

ただ「ごちそうさま」だけは、どんな時でも言っている自信はあるけどね


実際に指宿君は、ごくたまに忘れちゃうこともあるみたいだが、意識して「いただきます」「ごちそうさま」を言うことを習慣づけているらしい。

一人で食事するときに「いただきます」を言うのは、ちょっと恥ずかしいけど、目の前のお料理に対して、作ってくれた人への感謝と考えれば、そう恥ずかしくはないのだ。


よし、また一つ正しい習慣を増やすことができそうだぞ!!

もし何も言わずに、箸をつけそうになったら、遠慮なく叱ってくださいね