ボクの大好きなシンガーの一人、森源太

彼の作る詞は、勇気と感動を提供してくれます。

その中でボクが特に好きなのが、この詞です。


先生 その330


昨日の夜は、眼科ドリプラ に参加してきました。

司会はボクも大好きな香取貴信さん。基調講演は、ドリプラの生みの親でもある「通りすがりの人」こと福島正伸先生という贅沢なラインナップです。

そして、いとう眼科の院長でもある伊藤賢治先生が、魂を込めて語る眼科医としての夢、思い。

決して流暢なスピーチとは言えなかったけど、その姿は情熱の炎メラメラに包まれているようで、見ているだけで震えてきました。


ときちゃん のプレゼンは、何度聴いても魂が奮い立ちますねぇ

言葉だけで聴いたプレゼンに映像がつくと、こんなにもリアルに伝わるんだと感じます。

「これでもう十分」という妥協は、彼女の中には一切ありません。本気で命を懸けてますむかっ

ドリプラ世界大会のステージが楽しみです。


そして、ボクが今回楽しみにしていたのが、ミヤッキーのプレゼンです。

実は先月、眼科ドリプラの応援イベントで聴いた時のメンターカードに、ボクは失礼を承知で、厳しい意見を書いてしまいました。

正直言って、その時のプレゼンの内容はほとんど記憶に残っていないのですが、彼女の本当の思いと語っている内容が一致していないような雰囲気を感じたのです。


彼女のプレゼンテーマは「大丈夫」

人一倍頑張って、健気に生きてきた彼女が、自分に「大丈夫」と言い聞かせることで、自分らしく生きていこうというストーリーは、ボクの心に響きました。


勝手な憶測ですが、一か月前のプレゼンには「『眼科』のスタッフとしての夢を語らなきゃあせるという縛りを、自分に課していたように感じていました。

等身大の一人の女性として語る彼女のプレゼンに、ボクは「すごく自分と向き合ったんだろうなぁ」と、また勝手に想像して、涙が自然に流れてきました。


「プレゼンは本番を迎えるまでの過程が大事」だと、誰かが教えてくれました。

魅せ方や言葉の伝え方も大事ですが、やっぱり感動や共感を生むのはそこに至るまでの姿勢です。

ボクの生き方や人との繋がりは、感動や共感を与えられる姿勢でいるだろうか?

まだまだ自問自答の日々は、続いていきそうですあせる

「誰かと一緒にシゴトをするのは苦手なんです」

運転手さんを採用面接する時に、1,2割の方が動機についてこう答えます。

でもボクは「ごめんなさい、うちのシゴトは一人でできることは一つもないんですよ」と答えます。

だって、それが事実なんだもの。一人になれるのはトイレの中くらいなもので・・・。


先生 その329


先日、茨城の配送センターに行ってみると、みんなで掃除をしたり、倉庫の床にテープを貼ってマーキングをしています。

先月から始まった「5Sプロジェクト」がいよいよ始動しました。

最初は、ある社外顧問の方からの提案だったのですが、決めてから行動するまでのスピードが速い!!

従業員さんたちには、毎度毎度教えられてばかりですあせる


委員長になったのはスーさん。

去年の暮れに、「今年の目標を貼り出そう」という提案をしてくれた運転手さんです。

そして彼とともに、5Sプロジェクトで頑張ってくれているのが、入社4年目の運転手カイちゃんです。


カイちゃんの思い出で忘れられないのが、3年前に会長が亡くなった時のことです。

葬儀場や六曜の関係で、通夜が日曜、告別式が月曜という変則的な日程になってしまいました。

ほとんどの従業員さんは、お通夜に来ていただいたのですが、彼はどうしても都合が合わず出席できず、お香典と一緒に手紙を添えて同僚に預けてくれました。

手紙には、参列できない心苦しさと、一度も会ったことがないはずの会長への感謝が綴られていました。

葬儀が終わった後に、会長の仏壇に供えさせていただいたのは、言うまでもありません。


実は当時、彼は入社してまだ3カ月程度でしたし、本人も「ボクは人と深く付き合うのが苦手なんです」と自嘲気味に話していました。

確かに、いつも穏やかな表情で、真摯にシゴトをしてくれていましたが、まだ馴染み切れていなかったのかもしれません。それだけに、人一倍気を遣っているようにも感じました。

それだけに、彼からの手紙はとても嬉しかったのです。


職場の雰囲気にも慣れて、今ではチームの中堅となり、先輩に可愛がられ、後輩に慕われる存在です。

以前は「気を遣いすぎてるのかな」と感じることもありましたが、今では自然体で振る舞っているようです。

ひょっとしたら、僕らの会社が、彼にとって居心地のいい職場になってきているのかもしれません。

まだ若干、先輩に対する遠慮を感じますが、彼が堂々と自信をもって真摯に働く姿を見せ続けられるように、ボクはもっと彼の出番を増やしていきます。

すべては我が師 -ぼくの好きな先生--2010111119170000.jpg

司会はなんと香取さん!!
基調講演は、「通りすがりの人」です。
メールは「Re:」で返信する?タイトルをつけ直す? ブログネタ:メールは「Re:」で返信する?タイトルをつけ直す? 参加中

今では日平均50通くらいのメールを受けているボクですが、最初にインターネットを使い始めたころは、メールボックスを開ける習慣がありませんでした。
プロバイダ以外のメルマガもなく、バンドのメンバーとの連絡に使う程度・・・。
携帯にしてもPCにしても、毎日チェックする習慣ができたのは、PTA活動がきっかけでした。


先生 その328


4年前にPTA副会長の役を受けたとき、当時の会長さんはノートPC片手に全国、あるいは海外を飛び回るシゴトをしていたので、基本的な連絡や相談はすべてメールで対応されていました。

実際にフルタイムで働くお母さん役員も多いため、みんながそろって会議をするのは至難の業。

「文明の利器をうまく活用してるなぁ」と、新人のボクは感心していました。


連絡係は会長もしくは女性副会長の役目。

一年目にお世話になったのが、女性副会長のカオルちゃんでした。

愛嬌のあるお酒とカラオケが大好きなお姉さんで、みんなからの人気者です。


メールで届くのは「○月×日の本部役員会、資料を添付するので読んでおいてください」といった内容が多かったので、言われるがままに準備をしていました。

しかし、メールを読んで、一週間くらいほったらかしにしていると、カオルちゃんから催促のメールが来ます。


「読んでるのか読んでないのかだけでも、返事くらいしなさいむかっ


以来、早めにメールの返信をするようにクセをつけていきました。

運動会の前などは、メールのやりとりが何度も続いた結果、「Re:」が続きすぎて、最初のタイトルが読めなくなることもありましたが・・・。


メールを送る目的は、実際の会議をスムーズに進めるための事前準備。読んでいないメンバーがいたのでは、時間を有効に使うことができません。

普段は明るくアホなことばかり言っている彼女ですが、責任感は人一倍強かったのです。


また彼女は、難しい要求をするお母さんたちのあしらい方が上手でした。

運営委員会で、ある保護者からの無茶と思える欲求が議題に上がり、会議が白熱したことがありました。

当時のPTA会長は頭脳明晰な理論派タイプだったので、理論武装で対応します。

しかし感情が先行しているお母さんは、理屈では納得できていない様子で、話があっちこっちに行ったり来たり・・・


そんな会議の最中、普段だったらアホなふりをしているカオルちゃんが放った言葉で、会議がピシャッと静まり方向性が定まるのです。


「それは、本当に子どもたちの願いなんですか? 子どもたちが幸せになれることですか?」


この言葉は会議の時だけでなく、それ以降ボクが父親として、PTAの一員としての判断基準になりました。

親はよかれと思っても、それが子どもたちの本質的な成長や幸せに繋がらないこともあります。

せんちゃんの教えじゃないけれど、思いで突っ走る前に、判断を保留することが大事ですね。

カオルちゃんとのご縁もまた、ボクが学校や先生、子どもたちと関わる上で大きなきっかけになったのです。

昨日は久々にほとんど事務所で書類作り等々、デスクワーク中心の一日でした。

夜になって会社を出てから、1時間ほどゴルフの打ちっぱなしに行ったのですが、そのあとアクシデント発生

せっかく治療家甲子園で、感動させていただいたばかりなのに・・・


先生 その327


家に帰って食事をするときに、腰に違和感を感じました。

元々肩こりや腰痛が慢性化しているので気にしなかったのですが、食事が終わって立つときに、お尻のあたりに電気が走るような痛みを感じました。

「まぁ一晩寝ればなんとかなるだろう」


と思って休んだのですが、自分が40代手前の身体だということを忘れていましたあせる

朝、身体を起こすのも辛く、椅子に座ったり、腰をかがめるたびに、ビリビリッと電気が走ります。

せっかく治療家の仲間がいるとはいえ、彼らの治療院に行く時間も体力もないまま、今日も椅子に座っての仕事が多く、夕方には足までしびれてきました。


このままでは明日もまともな仕事ができない。

そう判断して、残業して進めるつもりだったブログの原稿書きと、ダイアモンド塾の宿題を断念し、近所で個人営業している福田先生の治療院で施術を受けてきました。

まだ痛みは残っていますが、やっと座った状態でブログが書けますあせる


約3年前に家族でシンガポールに行った時、ボクがうっかり娘の腕を強く引っ張って、肘の関節を脱臼させてしまったことがありました。

その時は現地の総合病院の緊急外来を受診しましたが、言葉が上手く通じなくて苦労したものです。

結局、完治にはいたらず、肘に包帯を巻いたまま帰国することになりました。


実際に帰国直後に福田先生の治療を受けたら、ものの数秒で元通り。

「あの時、福田先生みたいな治療家さんがいたらなぁ・・・」と思ったのは、言うまでもありません。

それ以前に、自分の英語力があれば、もっと解決が早かったかもしれませんが・・・。


それにしても、自分の身体に対する感謝が足りなかったですね。素直に反省します。

今日の凡事徹底をあきらめずに継続させてくれた先生に感謝して、明日からも頑張っちゃいます!!

あ、もちろん無理はしませんよ。