長嶋茂雄さんと松井秀樹さんの国民栄誉賞W授賞式、うっかり録画予約を忘れてしまったのだが、夜のニュースで見て感動してしまった。


利き腕ではない左手だけで表彰状や記念品を受け取ろうとする監督に、自然体でそっと寄り添って手を差し伸べる松井さん。

改めて美しい師弟関係だなぁと思ったら涙が出てきた。


さらに、伝説になるであろう始球式

「4番サード長嶋 背番号3」というアナウンスに鳥肌が立ったのは、ボクだけじゃないだろう。


選手として現役で活躍していた長嶋さんを、ボクはリアルタイムでは見ていない。

あくまでも背番号90の長嶋監督が最初であり、巨人のヒーローといえば王貞治さんが最初だ。


もちろん松井さんは、星陵高校時代の頃から知っている。

あの時期の巨人は「選手集め過ぎ」と揶揄されたが、本当にいい選手が揃っていた。


仁志、清水、江藤、松井、清原、高橋(由)、二岡、村田(真)

その中でも、松井さんのオーラは別格だったもんなぁ・・・

もっとも清原さんは、別の意味で別格なオーラを発していたけどね(笑)


同じ日に、もう一人偉業を達成した野球人がいた。

中村紀洋さんの2000本安打達成


かつては首位打者として頂点を極め、一度は戦力外通告を受けたにも関わらず、コツコツと実績を積み重ねてきた結果の2000本安打だから、相当嬉しかったことだとお察ししている。


個人的にはあまり好きな選手じゃなかったが、「この人カッコいい」と思ったのは、アテネオリンピックの時の台湾戦だった。

3-0で負けていた時に、同点に追いつきそうな場面で、ノリが送りバントを打ったのだ!!


ホームランバッターの彼がバントを決め、仲間たちがちゃんと走塁できたことを確かめながら走り抜けた時に見せたガッツポーズ!!

野獣のような目で、気迫あふれる闘志がみなぎっていた。


あぁ、この人も日本の野球選手なんだなぁ

まさに「あきらめなければ夢は叶う」を体現してくれたノリの真面目さが、さらに好きになった。

「子」という字には、ただ単に子供の「子」ではなく、「一」(はじめ)から「了」(おわり)まで、自分の人生を全うできるように、という意味が込められているそうです。

昔の親たちはそれを意識して、

明子さんなら、生涯、明るく過ごせますように、

栄子さんなら、生涯、栄えますように、と名付けていたのかもしれませんね


今井司


大好きな先輩であり、フローメーカーの今井司さんのメルマガを読んで、ビビッときてしまった。

我が家の娘は、二人とも「子」がつく子

名付けていただいた名前だとはいえ、そんなに深い意味があるとは気づかなかった!!


長女の名前は「恭子」

深田さん、岩崎さん、叶さんと同じ名前だが、「恭」という字の意味は、「うやうやしい」という意味だ。

「相手を敬う」「礼儀正しく」という意味でもある。


二女の名前は「悌子」

この「悌」という字には、兄弟姉妹の絆、あるいは年長者に従順に仕えるという意味がある。

末っ子として生まれた彼女は、名付けてくれた先生曰く「上の三兄弟の絆を繋ぎとめる役目」をもって生まれてきたのだという。


そう考えたときに、二人とも名前の意味に沿った人生を送ってくれたら、親としてとても嬉しく思う。

今のところは、男勝りな長女と、やんちゃできかんぼうな二女だが、やはり世間様から可愛がられるような女性に育ってほしいからね。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

ところで、最近は「子」のつく女性が減ったように感じる。

息子や娘のクラス名簿を見ても、それぞれのクラスに「子」のつく女子は一人ずつしかいない。

ちなみに娘のクラスの一人とは、娘本人のことだが(笑)


そもそも女性の名前に「子」をつけていたのは、皇族の娘さんたちだけだった。

明治時代になって、華族や貴族の娘さんにも「子」をつけるのが流行りだしたが、一般庶民に広がったのは20世紀に入ってからのことらしい。


今ではマイナーな存在の「子」のつく女性だけど、音の響きから言っても、「こ」のつく名前にはどこか凛々しさを感じるのはボクだけだろうか?

将来、孫娘が生まれるときにも、ぜひ「子」のつく名前がいいなと思っている。

あこがれ先生プロジェクトinいばらきの教育講演会まで、あと1週間となった。

まだ席に余裕はあるので、是非とも都合をつけて、腰塚先生のお話を聴いていただきたいと思う。

そして、みなさんが一人でも多くの先生を応援したいというきっかけになったら、とても嬉しい!!


教師でもない、教育関係のシゴトもしていないボクが、何で学校の先生を応援したいと思ったのか?


実は息子が入学した学校は、地域でも最も問題の多い学校だったらしい。

親や地域住民からのクレームは日常茶飯事で、児童同士のトラブルも絶えなかった。

学級崩壊してしまうクラスも多く、先生方からは「もっとも赴任したくない学校」と思われていたらしい。


それを変えてくれたのは、当時のPTA役員と校長先生のリーダーシップだった。

劇的に学校の雰囲気を変えたカリスマリーダーのPTA会長から、ボクはこんな話を教え込まれた。


保護者の質がよくなれば、おのずといい先生を集めることができる

公務員だから定期的な異動はあるけれど、PTAの力である程度は引っ張ることができる

だからPTAがよければ、いい先生が集まって、いい学校になるんだ


当時は「なるほど」と納得したものだが、先輩会長の目指す「いい学校」の定義は、どうやら「学力の高い」ことにフォーカスをしていたようで、ボクの思いとは完全一致しなかった。

そんな時に出会えた言葉が、ボクのPTA時代の運営方針の軸になっている。


「先生同士、親同士、親と先生の関係がいい学校は、子ども同士のトラブルが起こりにくい。

だってモデルになる大人が仲がよければ、安心できるし、真似したくなるでしょ」


当時学校のムードメーカーだった、あるベテランの先生の言葉だった。


よし、ボクはそれを目指そう!!

教師と親という関係から、人と人としてぶつかっていこう!!

もちろん、相手に対しての尊厳を忘れないように!!


最終的には「子どもたちのために」という思いに繋がるのだが、ボクは先生方に安心してほしかった。

保護者と対峙するときに、どんな先生でも鎧を脱ぐことをためらっているように見えてしまったからだ。


一人でも多くの先生に、信頼してもらえる自分でありたい!!

そして、ボクが関わったことで、一生懸命に頑張っている先生たちを元気にしてあげたい!!


今でもその思いはぶれていないが、たまに「オレはおせっかいなだけなんじゃないか」と自問自答して、凹んでしまいそうなこともある。


今の自分を突き動かすのは、池間先生の受け売りになっちゃうけど、51:49の自分の思い

そして今回動いてきたことで増えていった仲間の存在だ

ちょっとだけ「まだ頑張れる」という思いが強いから、そして仲間の存在が勇気になっているから、ずっと続けていく予感がしている。

昨日5月2日は、忌野清志郎さんの命日であり、hideさんの命日である。

どちらも特別好きなミュージシャンではないが、訃報を知った時の悲しさは鮮明に覚えている。


hideさんが生前、難病を患ったファンの女の子をライブやその打ち上げに招待したり、その子のお見舞いに行く等々、親身になって応援した話は有名だ。

こんなに生きることを大事にしていた人が、自ら命を絶つわけがない!!


それよりも、ボクが心ひかれた話が、彼女との出会いに触発され、骨髄バンクに登録した時のことだ。

「できることをするだけ」と、一個人として登録したことだったのだが、本人に知らせないうちに所属事務所が記者会見をセッティングした。


会見終了後、hideはスタッフを怒鳴りつけた

「これじゃあ売名行為じゃねえか!!もしそんな風にマスコミに書かれてその娘が傷ついたらどうすんだ!!」

本人の中で、慈善活動をひけらかすような行為が、彼女への裏切りに思えて悔しかったのだろう


清志郎さんもまた、「生きる」ことにこだわった人だったと思う。

亡くなる1年前に、日本武道館で行われた忌野清志郎復活祭のオープニングで、闘病中に日々撮り続けた自分の写真のスライドを流した

ファンの皆さんに逢える日を夢見て、病室で闘ってきた記録だ


そしてその時の一曲目は、ボクの大好きな「Jump」

訃報を聞いて、さらにこのエピソードを聞いてからは、この曲を聴くたびに涙があふれてくる。


清志郎さんのお葬式は、青山ロックンロールショーと称され、会場には紅白の垂れ幕に、バルーンのウサギと、およそ葬儀らしからぬ演出だった。

CD化されたその時のオープニングは、こんなMCで始まっている


大変長らくお待たせをいたしました


今日は素晴らしい一日になるでしょう


どうぞ最後まで、ごゆっくりお見送りください


ご紹介しましょう


フォーエバー 忌野清志郎

久々に結婚披露宴に参加させてもらった。

かっしーこと柏木宏泰くんと、村上由香ちゃん

共に学び繋がりで、大好きな二人のパーティーに招待していただけるなんて、本当に嬉しくてたまらない。


と同時に、「どんな方が集まるのだろう?」というドキドキ感もあった。

披露宴会場の受付でいただいた席次表を見てビックリ!!

ボクのテーブルのメンツがすごい!!


平井はなの舞の岡ちゃん、治療科甲子園の田尻ちゃんをはじめ、まさかの斎藤さん、金井さん、石川さん、斧さん、チャンプといった、日本商店会の素敵なメンツが揃っている!!

いやぁ、こんなすげぇ人たちの中に混ぜてもらえるなんて、かっしーとゆかちゃんのセンスに感謝だね。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

他のテーブルにも、大好きな先輩や仲間がいっぱい!!

二人の人脈というか、人望の広さと深さを感じてしまう。


そしていよいよ新郎新婦の入場!!

かっしーの地元の仲間である、飯能JCのメンバーが作ったお神輿に担がれて登場する二人

いやー、こんなイキで面白い演出初めて見たよ!!

多分そうだろうなぁと思ったけど、このアイデアはゆかちゃんのアイデアだった。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

実は二人の結婚式は、すでに先日済ませたばかりだった。

場所はもちろん大松閣

親族や地元の親しい人たちだけで結婚式を行い、今回はわざわざ都内で、二人が大好きな仲間を集めてのパーティーを催してくれたのだ。


その後も、優しくて底抜けに明るい二人の人柄がにじみ出てくる、すごく楽しい演出だらけ

ピアニストのゲンさんや、歌手の阿部さん、AKIRAさん、シバアミちゃんと役者が贅沢にそろっているから、余興もすごく贅沢だ


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

全国から集まった仲間は御両家合わせて226人

そのうちの一人に混ぜてもらえたことが本当に嬉しいし、自分でも誇らしい。

やっぱり結婚式はいいなぁ

ぜひ次は、夫婦そろってお祝いの席に招待してもらえたら嬉しいね!!