今日は太平洋戦争が開戦した日であり、ジョン・レノンが暗殺された命日です。

しかし、約2500年前のインドでは、輝かしい時を迎えた日でもありました。

お釈迦様が悟りを開いた記念日、今日は「成道会」です。


先生 その356


お釈迦様の偉業については、ボクのような素人よりも、お坊さんや仏教学者の人たちのほうが詳しいとは思いますので、語れるほどの知識はありませんが、ボクが他の聖人よりも、お釈迦様が素晴らしいと感じるのは、可能性を否定しないことです。


経典に出てくる文言は覚えていませんが、

「すべての人は自分から願い出てこの世に生まれてきた」

「すべての人は悟りを開いて仏になれる可能性をもっている」


階級差別の厳しい当時の社会の中で、「誰にでも無限の可能性がある」という真理を説いたことは、まさに命がけだったと思います。

その生きざまがあったからこそ、現代まで思想が受け継がれているんでしょうね。


日本人の生活の中には、お釈迦様の思想がかなり深いところまで浸透しています。

普段我々が使っている言葉の中にも、仏教の用語から出てきたものはたくさんあります。


ヤ○ザ屋さんがよく使う「娑婆(シャバ)」も、仏教用語で「耐え忍ぶ場所(土地)」という意味です。

そう考えると、実は一般社会は「耐え忍ぶ場所」なのかもしれません。


夫やパトロンのような人を指す「旦那(ダンナ)」は、梵語の「ダーナ」が語源です。

「与える」「施す」という意味で、それが漢語に訳された時に「布施」という意味になったといいます。

ちなみに臓器の提供者を「ドナー」と言いますが、これも「ダーナ」が語源のようです。


「布施」とだけ聴くと、「お葬式や法事の時にお坊さんに渡すお金」というイメージが浸透していますが、本来の意味は「慈悲の心で施すこと」であり、「我欲から離れること」

「諸苦の諸因は貪欲これもとなり」という言葉があるように、欲への執着がこの世の苦しみの原因という真理を、お釈迦様は説いています。

以前、喜働力塾の先輩・菅沼さんに教えていただいた、「無罪の七施」 も、布施行の一つですね。


人間の脳の構造からすると、本能的な欲まで取り除くのは不可能だとは思いますが、我欲から離れる意識は大切ですね。

「まずは先に自ら与える精神が大切」と、最近出会う方々に教えていただくことが多いです。

無欲になることはできませんが、まずは自ら尽くして与え続けることからです。

何を与えられるかは分かりませんが、まずは「和顔施」と「愛語施」からですね。やっていきますよぉ!!

報恩感謝


これは僕らの会社の創業時の基本理念でもあります。

でもボク自身、本質的な意味を理解していませんでした。

この言葉を動詞に変えて考えられることから、本当の意味での継承になるのかもしれません。


先生 その354


今回初めてお話を聴かせていただく小田島裕一さんは、噂ばかりが先行していて、実はお会いすることにちょっとだけビビっていました。

「小田島軍曹」

「正座をして聴かなければならない話」

「エントモさん×2ぐらいの熱い男」

確かに背筋がピンと伸びるようなお話でしたが、優しくてユーモアのある人柄を感じました。

日本人という生き方/小田島 裕一
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札幌で中学校の英語の教師をしながら、JICAの青年海外協力隊に8回受験し、野球指導のためにウガンダに2年間赴任し、「日本の心の野球」を伝道してきた小田島さん。

ウガンダでまず最初に体験したのは、日本の常識が通用しないことだったそうです。


練習に参加してくる子はわずかな人数むかっ

ゴミはグラウンドに散らかし放題むかっ

部室はごみ屋敷のように荒れ放題むかっ

現地の先生たちもお金にルーズむかっ


「ジェントルマンになる」と約束した子どもたちの目標は、まだまだ遠い処にありました。


小田島さんはまず、子供たちに「正しい習慣」を教え込みました。

朝は早くから登校させて、ゴミ拾いと読書の時間、そして部室の掃除を徹底的に行います。

もちろん率先睡範が染みついていますから、小田島さんも自らが率先して見本を示します。

言葉も文化も宗教も違う世界、愚痴りたくても日本人が他にいない環境の中での究極の凡事徹底。

100日、200日と続けているうちに、子供たちはウガンダ人の顔をした日本人になっていたそうです。


小田島さんは、最後に「立志への道のり」についてお話してくれました。

「夢は感謝の気持ちから発しないと叶わない」

その時に湧きあがった「感謝」と「恩に報いたい」と思う気持ちが、夢に繋がるのだそうです。


豊かなこの国、この時代の中で、いかに感謝の気持ちを持って生きるか?


小田島さんがウガンダの子どもたちを見て、日本人が見習わなければならないと感じたのは、「家族への感謝の気持ち」

志を立てることは、まず身近な人への感謝からですね。

ボクも毎朝仏壇に手を合わせるのはもちろん、家族に対して合掌できる人でありたいです。

優しい人ってどんな人? ブログネタ:優しい人ってどんな人? 参加中

一言で言うなら「優しい人=強い人」だと思っています。
「強くなければ優しくなれない」とも言えるだろうし、「優しくなければ強くなれない」とも言えると思います。
・・・って言いながら、決して強くは無い自分を戒めていますあせる

先生 その354

「優しい人」の定義に一番当てはまっていると思うのが、お母さんです。
ボクの母親も、おゆきちゃんの義母さんも、そしてもちろんおゆきちゃんも、優しくて強い人です。
特におゆきちゃんの強さは、この10年で大分グレードアップしています。
あ、くれぐれも「強さ」ですよ。「怖さ」じゃない・・・と思っていますあせる

多治見ドリプラでも、そんな優しいお母さんのプレゼンが聴けました。
じゅんじゅんこと北平純子 さんは、本職のラジオパーソナリティーであり、司会業などもこなす喋りの達人。現在、多治見でオフィス・コトノハ という会社の代表を務められています。
そして、当日も会場に来ていたようですが、3歳になる女の子のお母さんでもあります。

さすがに本職ですから、ステージに立って喋る姿は堂々たるもの。
ハキハキした話し方で、プレゼン中も笑顔が絶えず、楽しそうに見えます。
そんな素敵なママの晴れ姿を見たお嬢ちゃんは、終わって一言。

「ママ、頑張ってよかったね。ママが一番可愛かったよニコニコ
最幸のメンターですねグッド!

お母さんの話し方をとおして、イキイキと夢を語る子どもを増やしていきたい。

じゅんじゅんの夢も、みほちゃん同様に子育てに関わるお話でした。

「話す力と伝える力は、技術じゃなくて練習する習慣が大切」と、じゅんじゅんは教えてくれます。

ボクは子供に、自分の気持ちや考えを伝える「練習」を意識させたことはなかったですねぇ。

ただ、ありがたいことに、おゆきちゃんが絵本の読み聞かせを大事にしてくれたので、子どもたちは話を聴く力は持っている方だと思います。


先週の土曜日、初めてドリプラ世界大会の支援会場に、参加させていただきました。

なおとん と久しぶりの再会を果たし、あのスーパー中学生・絵美ちゃん と三人でお話をさせてもらいました。

「お母さんってどんな人なの?」という、なおとんの質問に、彼女はこう答えてくれました。


「小さいころから、その人になり切って絵本をよく読んでくれました。だから『嬉しい』とか『悲しい』っていう感情に敏感になっちゃったんでしょうね」


お母さんの言葉は、子どもにとっての魔法ですね。

(もちろん、お父さんの言葉も大事ですけどあせる・・・)

ちなみに、うちの恭子はお母さんの影響で、絵本を朗読するのがブームになっているようです。

そうやって、親のいいところを手本にしてくれるのは、本当にありがたいことですねぇニコニコ

今日は長男・泰久の13歳の誕生日

ということは、ボクが初めて人の父親に、おゆきちゃんが人の母親に、そしてそれぞれの両親にとっては初孫が生まれたという記念すべき日なのです。


先生 その353


13年前の朝、陣痛も破水もないまま産院に検診にいったところ

「もう頭が出てきてますよ」と言われて、そのまま出産の準備が始まり、分娩室に入ってから40分足らずで、助産婦さんから「おめでとうございます」というお告げをいただきました。

初産は時間がかかるという定説を、根底からひっくり返してくれる、在り難いほど順調な出産。

こうして稲葉泰久の人生がスタートするのです。


彼の人生で最初の試練は、弟が誕生する時でした。

当時は僕ら夫婦と3人で暮らしていたため、弟が生まれるのは嬉しくても、彼にとっては大好きなお母さんと離れ離れになってしまうことを意味します。

当然昼間はボクがいませんから、お袋が世話をしてくれることになりましたが、問題は夜です。


「寂しくて泣いたりしないだろうか?」「赤ちゃん還りにならないだろうか?」

そんな不安をよそに、彼は頼りないオヤジをニコニコしながら支えてくれました。

わずか2歳で頼もしいお兄ちゃんぶりを発揮してくれた彼には、ほんとうに感謝しかありません。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

そんな泰久も今では中学生。

ボクが車を運転していて、イラッとして舌打ちをすると「父ちゃん、いちいち怒ったってしょうがねぇだろむかっといさめてくれます。

弟や妹がボクに叱られてしょげている時も、「お前、なんで父ちゃんに叱られたかわかるか?」と、フォローをしてくれます。

「本当に彼にはボクのDNAが受け継がれているのだろうか?」

と疑いたくなるくらいに、宇宙のような広い心で相手を受け入れているのです。



すべては我が師 -ぼくの好きな先生-


20代の頃のボクは、今と比べても気が弱く、我がままで、環境や他人のせいにして不平不満ばかり言ってるダメ父ちゃんでした。

そんなダメ父ちゃんの息子は、友達や家族に対して溢れんばかりの思いやりをもって、キラキラした笑顔で成長していきます。


「オレが成長しなかったら、将来この子の美しい心が腐ってしまうむかっ

そんな危機感を感じたから、ボクは自己変革をしてきたような気がします。

彼はボクのことを人間として成長させようと、神様仏様がこの世に遣わせてくれた存在なのです。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-
泰久がボクを父親として選んでくれて、この世に生まれてきた奇跡にありがとう。

13年目の節目は、改めて心から感謝する一日にしちゃいます!!


10年前に想像していた自分像 ブログネタ:10年前に想像していた自分像 参加中