4月に水戸で行われた鬼丸昌也さんの講演会の時、ゲストとして参加してくれた香取貴信さんから、素敵な被災地支援のプロジェクトが始まるという話を聴きました。


物資やお金を送るだけじゃない、循環させながら支援するプロジェクトが始まりました。


この夏は見ているだけで元気になっちゃうひまわりを咲かせちゃいましょう!!


詳細はこちらから↓

http://www.sunflower-fukushima.com/



久しぶりに、社内メッセージのようなネタを書かせていただきます。

すでにボクやリーダーたちから、同じことを聴いているであろう社員さんたちへ

何度でも言うけど、この会社では「自分だけよければ、それでいい」って考えは、通用しないぞ!!


先生 その527


「専務、実は先週の金曜日に、こんなことがありまして・・・」


月曜の朝、千葉の所長から受けた電話は、積込み間違いから発生した事故報告でした。


・ 朝積込みの時に見つからなかった商品を、「別のトラックに紛れてないか?」と全ドライバーで探したが、見つけることができずに、あきらめて代替品を手配した。

・ ところが夜になって、別の現場に納品されていたことが発覚し、代替品とその発送料等々の負担が発生し、お客様への信頼を落としてしまった。


ボクは一通りの報告を聴いた後で、彼に問いかけてみました。


「こうなった一番の原因は何だと思う?」


「(紛れている)商品を探すことを、徹底していないからですよねぇ・・・」


「じゃ、何で徹底して探してくれなかったんだろうね?」


所長は「う~ん・・・」と考えに詰まっている様子。

ボクも所長自らが、答えを引き出せるように促したかったのですが、しびれを切らしてつい自分の考えを語ってしまいました。


「『荷物が足りない』って困っている仲間を、みんなが本気で「助けてあげたい」って気持ちになってなかったからだと思うよ。

みんなが『オレには関係のない話だ』とか『めんどくせぇ』って思っている限りは、また同じ失敗を繰り返すんじゃないの?」


すみません、まだボクはメンターにはなれませんでしたあせる

ただ、この考えだけは、どうしても伝えずにはいられないし、妥協できないのです。


「自分さえよければ、それでいい」という考えは、ぼくらの会社では通用しない。


自分に言い聞かせて、戒める意味も込めて、ボクは何度でも言い続けます。

過去と他人は変えられない

まったくもってその通りだと思います。

ただこの言葉の解釈を、リーダーがはきちがえてしまうと、「どうせ他人を変えることはできないんだから、関わらないでおこう」という、間違った放任主義になってしまいます。


誰だって、うるさいことを言って、仲間や部下からウザく思われたくない。

つい数年前までのボクは、まさしくそんなリーダーでした。

ウザく思われてもいいから、他人を変えられなくても、「変わってほしい」「成長してほしい」という思いは、常に持ち続けていきます。

それをあきらめたら、「ただトラック走らせればそれでいい」会社になっちゃいますからね。

成長にはライバルは必要? ブログネタ:成長にはライバルは必要? 参加中

二条先生 のご縁で知り合った運輸業界の仲間第一号は、すぎたつ さんではありません。

6年前に、某セミナー会社が主宰する後継者勉強会で出会った篠崎クン。

ボクより4つ年下の彼は、運送会社の後継者らしからぬ、クールな気品を感じさせてくれました。


先生 その526


その後、お互いに国際後継者フォーラムの会員となって、セミナーや勉強会で会う機会が増え、親密度が増してきたのですが、会えば会うほど彼に貫禄がついていくんです。

見た目はイケメンのおぼっちゃまなんですが、知識と経験を積んで、経営者の風格が増して成長していることを感じ、ボクは密かに「負けられんむかっと思ったものです。


その後、しばらくお会いする機会が無かったのですが、先日久々に彼の会社に遊びに行きました。

最後に会ってからは約2年ぶりなので、お互いに積もる話がたくさんあります。


元々彼の会社は、倉庫業を中心に物流センターを運営しているのですが、昨年自ら資格試験に挑んで、通関士の資格を取得していました。

同時に、上海に営業所を開設し、国際物流の分野に進出していたのです。


「現地の駐在員は、日常会話ができるけど、ボクは出張の度に彼がいないと会話が出来ない。

だから今は、中国語をマスターしようと勉強してるんですよ」


以前のボクだったら、「すげぇ、オレには到底叶わないなぁ」と自分を卑下するか、「負けられねぇな、オレも彼が羨ましがるようなことをやってやろう」と思っていたでしょう。


「すごいねぇ!! じゃ、ボクはこんな会社にしていくから、お互い頑張ろうね」


素直にそう言えるようになったのが、ボクの成長かもしれません。

お互いに目指している会社の姿は違えど、「いい会社にしていきたい」という思いは一緒です。


「他人と比べても仕方ない」

「自分は自分」


やっと最近になって、素直にそう思えるようになりました。

でも、それは彼がボクの価値観を認めてくれるから、安心して喋れるということかもしれない。

いずれにしても、不安でいっぱいだった頃から、仲良くしてくれている心強い仲間です。

これからも、ずっと大切にしていきます!!

話が前後しますが、いばらきドリプラ勉強会では、過去の世界大会に出場した3人のプレゼンテーターが、プレゼンを披露してくれました。

2008年に出場された、ゆきちゃんこと長谷川佑希 さん

2009年に出場された、くみちゃんこと佐藤久美子 さん

そして、2010年感動大賞受賞の、ときちゃんこと時澤えり子 さんです。


先生 その525


DVDでプレゼンも見ていたし、昨年からご縁をいただいてるゆきちゃんとくみちゃん。

でも、実際に生のプレゼンを見るのは、この時が初めてです!!

ってことに、プレゼンが始まってから気がついちゃいましたあせる


一番違うのは、生声が創りだす場の空気感。

ゆきちゃんの丁寧に紡ぐような語り口調は、スターリーマンの画の世界と融合して、プラネタリウムを見ているような安心感に包まれます。

プレイバックシアターのアクトレスでもあるくみちゃんの声は、よく通るので耳に心地いい。

そして、ときちゃんのプレゼン、ナレーションの役の切り替えが見事です。


今回の勉強会には、約70名の方が参加されました。

実際にはもっと集客することも可能だったとは思いますが、まずは茨城の人たちに「ドリプラがどんなものかを体験してほしい」というのが狙いです。

あえて、ボクも告知を控え、いわいるドリプラな仲間たちにも情報を遮断しちゃいました。

この計画を考えた実行委員長のこーちゃん、なかなかの策士ですグッド!


すべては我が師 -ぼくの好きな先生--DSC_0115.jpg

「ドリームプランプレゼンテーション」というイベントを、50文字以内で説明して、相手に伝えるのは容易ではありません。

プレゼンの解釈や感じ方にズレがあったとしても、やはり生で体験すると「こういうものなんだ」ということが伝わったと思います。

特に20代~30前後の若者たちには、強烈な印象として残ったようです。

懇親会の会場でも、フェイスブックの書き込みでも、かなり心に響いた様子が伝わってきました。


自分が年をとるにつれ、20代の若者と接する機会は少なくなってきました。

ボクが勝手に抱いていた茨城人のイメージは、自己主張と感情表現がヘタでシャイな人が多い。

しかし、この勉強会に集まってくる子たちは、みんな何かを掴もうとする気力を感じます。

いばらきドリプラを通じて、どんな繋がりが出てくるのか、ボクもワクワクしながら関わっていきます。

台風の影響もあって、「ひきこもり週末」を過ごしてしまった稲葉です。

日曜の午前中を家で過ごす時は、報道番組をザッピングした後に、「サンデージャポン」を見て大笑いするのが、自分の中でのセオリー。

ところが、昨日はNHKで「龍馬伝」の再放送をやってたため、そっちに釘づけになっちゃいました。


先生 その524


先週亡くなられた、児玉清さんの追悼ということで、龍馬の父・八平さんが出てくる最後の回へのリクエストが大勢寄せられたとのこと。

「遥かなるヌーヨーカ」

年末に放送された、ファン投票でも第一位に選ばれたこのシーンは、ボクも大好きです。


「おまんは黒船を作って、何をしたいがじゃ?」


この問いに自問自答した龍馬。

桂浜に行って、砂地に世界地図を描き、家族に自分の夢を語りはじめます。


「黒船を作って家族みんなをのせて旅にでるがじゃ」


「坂本家ドリプラ」と言えるようなこのシーン。

よく見ると福山さんの夢語りする画じゃなくて、それを見つめる児玉さんの表情が中心の画なんですね。

息子の成長を愛でるように、嬉しそうに見つめる父の姿。

龍馬の夢を、ワクワクしながら嬉しそうに聴いている、兄・姉・姪そして義母。


「こんなに嬉しい日は初めてじゃ」


このセリフがダメ押しになって、目から涙が溢れ出てしまいますあせる

武家の家族といえば、近寄りがたい厳格な父親のイメージがありますが、むしろ子供の教育に対しては、父親が中心となっていた時代。

龍馬が夢を語る姿を見て「もう思い残すことはない」という、万感の思いだったのでしょうねぇ。


その後、晩年の児玉さんと福山さんが、NHKのスタジオパークで対談したVTRも、再放送されました。

このお二人、どういう接点か分からないけど「龍馬伝」を撮影する前からのメル友だったとか・・・。

八平さんが亡くなってからも、児玉さんは放送が終わるたびに、メールで福山さんに感想を伝え続けていたようです。


思えば、ボクは坂本龍馬が好きだから、「龍馬伝」を見続けたということより、「龍馬伝」というドラマが好きで「龍馬伝」を見続けたのかもしれません。

八平さんの姿から、親子の絆の尊さと美しさを感じさせてくれた児玉さん。

謹んでご冥福をお祈りします。