服を買った。

同じようにたくさんの客が服を求める。
決して安くないセレクトショップでなにを求めるのか。

寒くなけれないい。
暑くなければいい。
という機能は二の次だ。

自分を包むにふさわしい服が欲しい。
自分を示す服が欲しい。
ひとに中身をわかってもらおうにも見ただけでは伝わらない。
ならば服に語らせる。
できればよく語らせたい。
できれば好感をもって受け取ってもらいたい。

服を選ぶのは楽しい。
服を選ぶのは難しい。
服を選びすぎるのはさもしい。
自分を語る服を選べたら素敵だ。
寒い夏が好きなわけじゃない。
夏が暑いのはいいことじゃないか。
暑さを楽しめ!
楽しさは外にはない、自分の中にある!
大事な友人が久しぶりに東京に来た。
相変わらず不眠不休の労働が続いているようだ。
その朦朧とした中で彼が感じたこと。

ひとが本当に求めているのは「理解」なんじゃないか。
自分を理解してくれるということは本当の喜びなのではないか。

昇給も出世も商品もサービスも友人も恋人もはたまた家族も、
ともすれば一人ぼっちで暗闇のような心を、
いやちがうよお前のことはよくわかってるよと照らしてくれるから欲する。

本当に淋しいなと思う。
だから理解するということを通じて僕は握手したい。