■東京都交響楽団 第1026回定期演奏会Bシリーズ(25/9/4サントリーホール)
[指揮]大野和士
[ヴァイオリン]アリーナ・イブラギモヴァ*
ショスタコーヴィチ/ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調*
ショスタコーヴィチ/交響曲第15番 イ長調
没後50年のショスタコ・イヤーならではの激シブ・プロ。前半はイブラギモヴァをソリストに迎えてヴァイオリン協奏曲第2番。今やヴァイオリン協奏曲の定番の1つになった感のある第1番に比べ演奏機会に乏しく、このブログ12年目にして初めて実演で聴く。聴いてみるとなるほど人気が無いのも納得の晦渋さで、第1楽章から第2楽章にかけて、盛り上がりに欠ける鬱々たる曲想が連綿と続く。
不気味さに拍車をかけているのがトムトムである。録音で聴くと線を張っていないスネアかとも思うのだが、実際にはより野太い響きのトムトム。これが執拗に絡み、無遠慮に扉を叩き続ける。第2楽章の終盤に現れるホルン・ソロには、その深遠な美しさにハッとさせられる。それらを潜り抜けた第3楽章の「躁」の奇妙な明るさは、あらゆるヴァイオリン協奏曲のフィナーレを煮詰めて漉したエキスのようでもある。この楽章の長大なカデンツァを頂点として、没入感の深いイブラギモヴァのソロが素晴らしく、この難曲に強かな生命を吹き込んだ。
後半は今年珍しく演奏機会の多い交響曲第15番。室内楽版ではなくオリジナル版の実演はかなりご無沙汰で、2016年7月のラザレフ&日フィル以来。久しぶりに聴くとやはり聴きどころには事欠かない曲で、当夜の演奏では特に第2楽章に聴き応えがあった。チェロを筆頭に剥き出しのソロが代わる代わる孤独に語り、時々思い出せない怖い夢のような不穏な和音が鳴り、葬送のリズムがいつしか爆発へと至る。極小から極大まで、シンフォニーでしか表現し得ないサウンドスケープが短時間に凝縮されている。
チェレスタとヴィブラフォンが1音ごとにぐわんぐわんと揺らめきながら鳴り響くくだりなど、もうほとんど「怪談」である。この作品全体が、名人が語る上等な怪談噺と言っていい。ショスタコの交響曲で最も好きな最終楽章のコーダも、スーッと汗が引くような涼やかな美しさ。この曲の第1楽章を「お祭りの夜店を巡り歩くような」と評した人がいたけれど、怪しげな夜店や怪談を経てとびきりクールな結末が待つこの曲こそ、残暑厳しい夏の夜の暑気払いに相応しい。大野&都響の適性を端的に示す好演で、これまでに聴いたタコ15のベストに挙げたい。

