つげ義春と東京 柴崎友香と大阪 | 今夜、ホールの片隅で

今夜、ホールの片隅で

東京在住クラシックファンのコンサート備忘録です。

 

月刊「東京人」最新号の特集「画業70年 つげ義春と東京」が面白い。紙の雑誌はほとんど買わなくなってしまったが、この号は書店で見付けて即購入。約100ページに及ぶ特集記事を舐めるようにして読んだ。漫画家・つげ義春氏の、作品と実人生における東京との関わりを中心に構成されているが、何と言っても漫画の図版が豊富なのがうれしい。文庫判や新書判で見慣れたあの独特の絵柄が、雑誌サイズに引き伸ばされているだけで眼福。

 

つげ氏は東京都葛飾区に生まれ、幼少期を伊豆大島、千葉県大原で過ごした後、葛飾区奥戸、立石、高田馬場、錦糸町、大塚、調布などに移り住む。そしてそれぞれの街の風景が作中にも登場する。私が住んできた場所とは少しずつズレているけれど、どこもそれなりに馴染みがあり、その雰囲気に触れてきた街だ。もちろん写真や映像でも往時の様子を振り返ることは可能だが、漫画の中に描かれた風景には得も言われぬ匂いと懐かしさがある。

 

竹中直人が監督した映画「無能の人」でつげ作品に入門したクチで、「ガロ」時代から読んでいるような先輩諸氏には敵うべくもなく、これまで「つげファン」を自認するのは何となく憚られてきた。しかし今回この特集を読んでみて、自分がいかにつげ作品の世界観から影響を受けてきたかを改めて思い知らされた。これはもはや初心者と言っていられる段階ではなく、そろそろ自称・つげファンを解禁してもいいのかもしれない。

 

 

もう1冊、最近読んで面白かったのが河出文庫の新刊「大阪」。社会学者・岸政彦氏と作家・柴崎友香氏の共著で、「大阪へ来た人」岸さんと「大阪を出た人」柴崎さんによる、「大阪」を切り口にした自伝的エッセイが交互に掲載されている。

 

現役の日本の作家で最も好きな1人が柴崎友香で、「わたしがいなかった街で」を読んで以来のファン。本書も彼女の名前に惹かれて手に取ったのだが、共著なのに(共著だからこそ)柴崎さんの個性がより強く感じられる。岸さんの語り口が「動」なら柴崎さんはあくまで「静」で、大阪について体験的に語ることで作家の本質的な部分が露わになっているとも思う。最終章に現れる次の一節は、まさに読者として感じてきた柴崎作品の核心だ。

 

 「いつかこの感覚を小説に書きたい、とわたしは思った。ここを歩いているわたしと、いつかここを歩いていた誰かが、会うことはないけれど、確かに同じ場所にいる、その感覚を。」

 

個人的には、大阪は仕事で何度か出張したぐらいで、親しい知り合いもいないし、特に思い入れも土地勘も無い。しかしこれを読むと、ミナミとキタ、大阪環状線、臨海部等々、不案内な大阪の地理が生き生きと伝わってくる。(矢切の渡しを例外として)東京からは消えて久しい「渡し船」が、大阪ではまだ現役(市営で8か所も運航中)なのも知らなかった。ミニシアターや小劇場演劇がブームだったあの頃を大阪から見た記録としても貴重。